お願い、あと少しだけ
その日の終業後、弘樹はアパートの近くのスーパーマーケットで総菜を選んでいた。炊飯器は朝セットしてきたものの、それ以外の調理器具がない。奈緒子が来たら一緒に選ぼう。弘樹は料理というものをしたことがなかった。でも、残業がないんだったら少しくらい挑戦してみてもいいかもしれないな。

とりあえず、ポテトサラダとデミグラスハンバーグを買って、アパートに帰る。6時半か。奈緒子も家についたころだろうか。食べ終わったらビデオコールしてみるか。

その頃、奈緒子は夕食の支度をしていた。いつもだったら、日曜に作り置きするのだが、今回は弘樹と過ごしたから・・・奈緒子は不意にあの濃密な2日間を思い出し、一人赤面した。何だか本当に自分の身に起きたことなのか?でも、別れの切なさは確かにまだ奈緒子の胸の中にあった。

パパっと生姜焼きとポテトサラダの夕食を作ると、ご飯をよそってお茶を淹れて、食べ始めた。ひとりの食卓は寂しい。就職して家を出てから続けてきたことだが、弘樹のいてくれた時間は温かかった。

食べ終わって、食器を洗おうと立ち上がったところでスマホが鳴った。

「弘樹・・・弘樹・・・弘樹」

奈緒子の頬を涙が伝う。愛しい、愛しい人の顔をこんなにも早く見られるなんて。

「笑って、奈緒子。これから毎日このくらいの時間にはコールできると思う。絶対、とは約束できないけど」

「残業は?忙しいんでしょう?」

「超絶忙しいけど、それは定時に帰れるようにするため。上司が、ノー残業主義の人なんだ」

「そっか・・・土日も休めそう?」

「ああ、大丈夫だよ。だから、奈緒子、金曜の夜に来る?」

「新大阪につくの、多分10時過ぎになっちゃうかもだけど、それでもいいなら行きたい。1日でも早く、弘樹に会いたい」

「僕も・・・奈緒子に触れたい、早く。スマホの向こうじゃなく、直接奈緒子に会いたいよ」

「弘樹・・・」

「奈穂子のほうはどう?異動願い出した?」

「ううん、まだその段階じゃないの。部長が、大阪支店の総務部にニーズがないかどうか聞いてくれてる」

「あるといいな」

「うん」
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