【しょくざい】第1話【最後の晩餐】
ここの料理長の高瀬だ。目が細く丸々太っている。料理長と言っても勝手に私達が読んでいるだけなのだが、しかしここではしっかりと料理の腕は一番だろう。生前は大手ファストフード店のオーナーをした事もあるらしい。笑えないギャグは毎度のことしんどいが面倒見がよくとても罪人達に慕われていて優しく良い人だ。しかし生前は30人以上人を殺めているド変態元死刑囚だ。
始まりの鐘がこの孤高の店に鳴り響く。ゴーン。ゴーン。鐘の音と同時に休憩室からぞろぞろとシェフたちが出てくる。ここにいる人の共通点は生前に料理の仕事についていたことがあるかで選ばれているらしい。社会人として料理人だった者やアルバイトで少しやった事のある者が集っているようだ。時代や職種は違えども特殊な出会いがあるものだ。
そしてみなそれぞれ持ち場につく。設楽は今日サラダ担当だ。億劫そうに持ち場につく。暇で不安に押し潰されないように気を紛らわす為なるべく多く注文があるとありがたい。
少し古びたドアは木と鉄が擦れる鈍い音で入店が分かる。変えることはないのだろうかと時々思う。案内係の鬼に誘導されて1人の女性が入って来た。
「いらっしゃいませ、こちらの席にどうぞ」
料理長の高瀬がカウンターの席に通した。女性はとぼとぼとふらつきながら席についた。案内と同時にテーブルの上にお冷とカトラリーを置いた。女は暗い顔をして呆然とお冷グラスを見つめていた。そしてその女性は静かにうつむいている。何分経過しただろうかなかなか動こうとしない客にしびれを切らして料理長が話しかけた。
「ご注文がお決まりでしたらお声掛け下さい」
女性は俯いたまま口をまごまごさせて何か言ってるような気もする。ハッキリとは何を言ってるのかは分からなかった。暗い人だと思うがが確かにここの客はそういう人が多い。正直誰とも話したくないだろう。死んだすぐに食欲もあるはずもない。だがここで食べないといけない。これが煉獄。これが彼女たちに背負わせれた贖罪。命の時間だ。
30分くらい経っただろうか彼女はじっと俯いたままだ。料理長はまた話しかけに行った。
「ご注文がお決まりでしたらお声掛け下さい」料理長はもう一度言った。
「あ、あの、申し訳ありませんがまったく食欲がありません」
「なるほど、ごゆっくりでも構いません、お腹がすいたらご注文ください。軽いメニューもございますよ」
「あ、はい、では、あの、メニューとかは」
とても小さな声で彼女は言った。厨房にいる設楽達には何も聞こえなかった。
「メニュー表はございません、お客様の好きな物を全てお作りします」
この店にはメニューは無い。即興で作り客を満足させないといけない。なんでもと言われるのと逆に難しいと思うがしかしそれがここのルールだ。従って貰うに他ない。
料理長が優しく対応している。その姿はもと死刑囚とは思えない。私達も料理長越しに客の様子を伺う。
「なあ、何だと思う?」石田と設楽が厨房の奥でコソコソ話す。「まあ、借金とかじゃないですか」小声で話す。
ここに来る客は全て自ら命を絶った者だ。料理を作る以外娯楽の無いこの空間では死因を当てるゲームをして楽しんでいる。不謹慎だが盛り上がる。いや他に楽しみが無いだけだ。
「やってみるか?」
「いいですよ」時々彼等は勤務時間を掛けて勝負をすることがある。設楽の場合は自信がある時しかしない。
「石田さんは何するんですか?」
「そうだな、失恋に1日掛ける」
せっかくだが賭けにはならない何故なら趣味のない設楽にとって仕事をすることが苦痛では無いからだ。設楽は上手く賭けをする。勝っても負けてもどっちでもいいのだ。彼等は対等では無い設楽にとってリスクが低い。
客の女性はずっと俯いてる。無理もない相当な覚悟でやっと死ねたんだろう。食欲がある方がおかしい。自然なことだろう。ときどき元気な死人が来る事もある。そいつはすぐに決めてすぐにここを後にする。だがそれは稀な話だ。
「話しかけてこいよ」
「あー、そうですね」
設楽は億劫だった。だが賭けの答えも知りたい。何よりさっさとここを後にして貰いたい。長居されるのはごめんだ。ずっと居られても回転率が悪くなる。売り上げなんてものはないけど辛気臭くなる。それはそれで億劫だった。設楽は渋々その中肉中背黒髪ストレート女に話しかけにいった。
「こんにちは」
女性は俯いてる。顔を合わせもしないで無言が続く。だがしかし自殺者しか来ないこの店でそんなことは慣れている。時間も無限にある。話しかけられるのを待つ。
「あの、、」小さな声だった。女性がやっと声を絞り出した。「はい?」
「あの、ここはどこなんですか?私、私はっ、ここはどこなんですか?」早口で捲したてる。それもそうだろう。皆考えることは同じだ。訳も分からず連れてこられて不安だろう。設楽は優しい口調で答えた。
「ここは死後の世界と現世の間のレストランですお客様が満足して成仏できるように存在している空間です」
「夢、、?私は、私は死んだはず」
目を細めて挙動不審に当たりを見渡す。
「現実です、あなたは死んでここに来ました」
また女は黙り込んでしまった。少し安心したよう、そして少し不安そうな表情をしている。それもそうだろう死後まもないし無理もない。唐突過ぎる話だ。何時間経っただろう数秒の沈黙が永遠に感じる。厨房の奥の足音が鮮明に聞こえる。この沈黙が両者にとっての1つの地獄だろう。苦しい。
設楽にとって苦手なタイプの女性だった。設楽は自ら命を捨てる行為に抵抗があった。嫌悪感と憤りが腹なの中で渦巻く。
やるせない話でもあるがここでは自ら命を経った者も罪になるのだろう。だからここで料理を食べないと終わらない。罪人たちは罪人たちの料理を食べて命と向き合わなければならないのだ。
「あの、私いらないです、何もいらないのでもう結構です」
長い沈黙を終えて女が話し出した。
「分かりました。お気持ち察します。でもそういう訳にはいかないのです。お食事を召して頂かないとこの先には行けないのです」
「なんでですか?本当にいらないです」
「決まりなので」設楽は満面の作り笑いでそう答えた。そしたらまた彼女は黙り込んでしまった。
「では決まり次第お声かけください」
設楽はまた満面の作り笑いでそういう。それでも彼女はまだ俯いたままだ。設楽はそっと厨房に帰って行った。こういう人は多い。仕方の無い事だと諦めている。自ら命を捨てると覚悟を決めてここに来たのだろう。食欲は無いのは当然だろう。だが私達にも与えられた罰があり何か食してもらわないいけない。何かを食して貰わないと彼女もこの先に行けないし私達もこの先に行くことは出来ない。
「どうだったよ」
「マグロですね」
下品な言葉だがここではなかなかメニューを決められないで何も話さない人を設楽たちはマグロと読んでいる。石田も設楽も待たされることに昔はイライラしてたが今では我慢出来る。大人になったものだ。
「かかりそうか?」
「そうですね、適当にサラダでも頼めばすぐ終われるのに、ダラダラ黙り決めると余計時間がかかって辛いんですけどね」
「まあ、待つしかないな。しかし若いのに勿体ない」
「まあ、事情があったんじゃないですか?どうせ借金とかだと思いますよ」
「そうかな何であれ俺は自殺なんてしたいと思ったこと1度もないけどな」
「そうなんですか?俺はときどきありましたよ。警察にパクられるくらいならすぐにここ来た方がマシでしょ」
「まあここの存在を知ってたらな」
私はまた客を見る。腕を組み頭をテーブルに伏せている。
視線をキッチン内に入れると料理長は黙って仕込みを整える。真面目な人だ。何が注文されるかも分からないのに。他の従業員も各々持ち場で時間を潰している。設楽は入店当時は待てずにイライラしていたが今では平気で何時間でも待てる。早くしてもらうことに越したことはないのたが仕方がない。
2
女がこの店に来てから1時間はたっただろうかやっと顔を上げてぎょっとした目で厨房を見た。重い口を開く。
「あの、」
「はい」
注文が決まったのだろうか設楽は駆け足で女性の方に向かう。
「ご注文がお決まりですか?」
「何でも出来るんですか?」不安そうな顔で設楽に訴えかける。
「はい、何でも出来ます」
女は少し考え注文を続けた。
「ハンバーグ、大根おろしの乗ったハンバーグ作れますか?」
「はい、大丈夫です。かしこまりました、サラダやライスも付けますか?」
「あ、はい、お願いします」
「かしこまりました、では完成まで少々お待ちくださいませ」
女は暗くあきらかな作り笑いで注文をした。誰だって死んだ直後はパニックの筈だろう。彼女も苦しい筈だ。まだ整理出来ていないだろう。今だに食欲も無いはずだ。人とも話したくもないだろう。それでも彼女は選ばなければならない。それが煉獄。地獄の食堂だ。
設楽の解釈ではこれこそが彼女たちにとっての罰なのだろうと思う。ここは煉獄そして地獄。料理を作る側も料理を食す側も何かを考えて命と向き合いながら食事という行為を終えないといけないのだ。作る側も食す側も互いにとっても罰に違いない。彼女は今何を思うのだろう。後悔だろうか安堵だろうか。
「おろしハンバーグ、サラダセット」設楽は厨房に戻りメニューを伝えながら持ち場に戻った。
始まりの鐘がこの孤高の店に鳴り響く。ゴーン。ゴーン。鐘の音と同時に休憩室からぞろぞろとシェフたちが出てくる。ここにいる人の共通点は生前に料理の仕事についていたことがあるかで選ばれているらしい。社会人として料理人だった者やアルバイトで少しやった事のある者が集っているようだ。時代や職種は違えども特殊な出会いがあるものだ。
そしてみなそれぞれ持ち場につく。設楽は今日サラダ担当だ。億劫そうに持ち場につく。暇で不安に押し潰されないように気を紛らわす為なるべく多く注文があるとありがたい。
少し古びたドアは木と鉄が擦れる鈍い音で入店が分かる。変えることはないのだろうかと時々思う。案内係の鬼に誘導されて1人の女性が入って来た。
「いらっしゃいませ、こちらの席にどうぞ」
料理長の高瀬がカウンターの席に通した。女性はとぼとぼとふらつきながら席についた。案内と同時にテーブルの上にお冷とカトラリーを置いた。女は暗い顔をして呆然とお冷グラスを見つめていた。そしてその女性は静かにうつむいている。何分経過しただろうかなかなか動こうとしない客にしびれを切らして料理長が話しかけた。
「ご注文がお決まりでしたらお声掛け下さい」
女性は俯いたまま口をまごまごさせて何か言ってるような気もする。ハッキリとは何を言ってるのかは分からなかった。暗い人だと思うがが確かにここの客はそういう人が多い。正直誰とも話したくないだろう。死んだすぐに食欲もあるはずもない。だがここで食べないといけない。これが煉獄。これが彼女たちに背負わせれた贖罪。命の時間だ。
30分くらい経っただろうか彼女はじっと俯いたままだ。料理長はまた話しかけに行った。
「ご注文がお決まりでしたらお声掛け下さい」料理長はもう一度言った。
「あ、あの、申し訳ありませんがまったく食欲がありません」
「なるほど、ごゆっくりでも構いません、お腹がすいたらご注文ください。軽いメニューもございますよ」
「あ、はい、では、あの、メニューとかは」
とても小さな声で彼女は言った。厨房にいる設楽達には何も聞こえなかった。
「メニュー表はございません、お客様の好きな物を全てお作りします」
この店にはメニューは無い。即興で作り客を満足させないといけない。なんでもと言われるのと逆に難しいと思うがしかしそれがここのルールだ。従って貰うに他ない。
料理長が優しく対応している。その姿はもと死刑囚とは思えない。私達も料理長越しに客の様子を伺う。
「なあ、何だと思う?」石田と設楽が厨房の奥でコソコソ話す。「まあ、借金とかじゃないですか」小声で話す。
ここに来る客は全て自ら命を絶った者だ。料理を作る以外娯楽の無いこの空間では死因を当てるゲームをして楽しんでいる。不謹慎だが盛り上がる。いや他に楽しみが無いだけだ。
「やってみるか?」
「いいですよ」時々彼等は勤務時間を掛けて勝負をすることがある。設楽の場合は自信がある時しかしない。
「石田さんは何するんですか?」
「そうだな、失恋に1日掛ける」
せっかくだが賭けにはならない何故なら趣味のない設楽にとって仕事をすることが苦痛では無いからだ。設楽は上手く賭けをする。勝っても負けてもどっちでもいいのだ。彼等は対等では無い設楽にとってリスクが低い。
客の女性はずっと俯いてる。無理もない相当な覚悟でやっと死ねたんだろう。食欲がある方がおかしい。自然なことだろう。ときどき元気な死人が来る事もある。そいつはすぐに決めてすぐにここを後にする。だがそれは稀な話だ。
「話しかけてこいよ」
「あー、そうですね」
設楽は億劫だった。だが賭けの答えも知りたい。何よりさっさとここを後にして貰いたい。長居されるのはごめんだ。ずっと居られても回転率が悪くなる。売り上げなんてものはないけど辛気臭くなる。それはそれで億劫だった。設楽は渋々その中肉中背黒髪ストレート女に話しかけにいった。
「こんにちは」
女性は俯いてる。顔を合わせもしないで無言が続く。だがしかし自殺者しか来ないこの店でそんなことは慣れている。時間も無限にある。話しかけられるのを待つ。
「あの、、」小さな声だった。女性がやっと声を絞り出した。「はい?」
「あの、ここはどこなんですか?私、私はっ、ここはどこなんですか?」早口で捲したてる。それもそうだろう。皆考えることは同じだ。訳も分からず連れてこられて不安だろう。設楽は優しい口調で答えた。
「ここは死後の世界と現世の間のレストランですお客様が満足して成仏できるように存在している空間です」
「夢、、?私は、私は死んだはず」
目を細めて挙動不審に当たりを見渡す。
「現実です、あなたは死んでここに来ました」
また女は黙り込んでしまった。少し安心したよう、そして少し不安そうな表情をしている。それもそうだろう死後まもないし無理もない。唐突過ぎる話だ。何時間経っただろう数秒の沈黙が永遠に感じる。厨房の奥の足音が鮮明に聞こえる。この沈黙が両者にとっての1つの地獄だろう。苦しい。
設楽にとって苦手なタイプの女性だった。設楽は自ら命を捨てる行為に抵抗があった。嫌悪感と憤りが腹なの中で渦巻く。
やるせない話でもあるがここでは自ら命を経った者も罪になるのだろう。だからここで料理を食べないと終わらない。罪人たちは罪人たちの料理を食べて命と向き合わなければならないのだ。
「あの、私いらないです、何もいらないのでもう結構です」
長い沈黙を終えて女が話し出した。
「分かりました。お気持ち察します。でもそういう訳にはいかないのです。お食事を召して頂かないとこの先には行けないのです」
「なんでですか?本当にいらないです」
「決まりなので」設楽は満面の作り笑いでそう答えた。そしたらまた彼女は黙り込んでしまった。
「では決まり次第お声かけください」
設楽はまた満面の作り笑いでそういう。それでも彼女はまだ俯いたままだ。設楽はそっと厨房に帰って行った。こういう人は多い。仕方の無い事だと諦めている。自ら命を捨てると覚悟を決めてここに来たのだろう。食欲は無いのは当然だろう。だが私達にも与えられた罰があり何か食してもらわないいけない。何かを食して貰わないと彼女もこの先に行けないし私達もこの先に行くことは出来ない。
「どうだったよ」
「マグロですね」
下品な言葉だがここではなかなかメニューを決められないで何も話さない人を設楽たちはマグロと読んでいる。石田も設楽も待たされることに昔はイライラしてたが今では我慢出来る。大人になったものだ。
「かかりそうか?」
「そうですね、適当にサラダでも頼めばすぐ終われるのに、ダラダラ黙り決めると余計時間がかかって辛いんですけどね」
「まあ、待つしかないな。しかし若いのに勿体ない」
「まあ、事情があったんじゃないですか?どうせ借金とかだと思いますよ」
「そうかな何であれ俺は自殺なんてしたいと思ったこと1度もないけどな」
「そうなんですか?俺はときどきありましたよ。警察にパクられるくらいならすぐにここ来た方がマシでしょ」
「まあここの存在を知ってたらな」
私はまた客を見る。腕を組み頭をテーブルに伏せている。
視線をキッチン内に入れると料理長は黙って仕込みを整える。真面目な人だ。何が注文されるかも分からないのに。他の従業員も各々持ち場で時間を潰している。設楽は入店当時は待てずにイライラしていたが今では平気で何時間でも待てる。早くしてもらうことに越したことはないのたが仕方がない。
2
女がこの店に来てから1時間はたっただろうかやっと顔を上げてぎょっとした目で厨房を見た。重い口を開く。
「あの、」
「はい」
注文が決まったのだろうか設楽は駆け足で女性の方に向かう。
「ご注文がお決まりですか?」
「何でも出来るんですか?」不安そうな顔で設楽に訴えかける。
「はい、何でも出来ます」
女は少し考え注文を続けた。
「ハンバーグ、大根おろしの乗ったハンバーグ作れますか?」
「はい、大丈夫です。かしこまりました、サラダやライスも付けますか?」
「あ、はい、お願いします」
「かしこまりました、では完成まで少々お待ちくださいませ」
女は暗くあきらかな作り笑いで注文をした。誰だって死んだ直後はパニックの筈だろう。彼女も苦しい筈だ。まだ整理出来ていないだろう。今だに食欲も無いはずだ。人とも話したくもないだろう。それでも彼女は選ばなければならない。それが煉獄。地獄の食堂だ。
設楽の解釈ではこれこそが彼女たちにとっての罰なのだろうと思う。ここは煉獄そして地獄。料理を作る側も料理を食す側も何かを考えて命と向き合いながら食事という行為を終えないといけないのだ。作る側も食す側も互いにとっても罰に違いない。彼女は今何を思うのだろう。後悔だろうか安堵だろうか。
「おろしハンバーグ、サラダセット」設楽は厨房に戻りメニューを伝えながら持ち場に戻った。