【短編】クロがないた日
もう一度、あの場所で
ボクが走ってきた場所は、地獄そのものだった。
思い出すのも辛い光景が、どこまでもどこまでも広がっていた。

火の粉が天まで舞う町。
煙と熱でどこにいても息苦しい。
灼けた路地で足の裏がただれ、体中に大きなやけどを負った。
体中ボロボロだった。
赤く腫れたボクの体は、クロという名にふさわしくない。

おばあちゃんは、戻っているかもしれない。

ほんの少しの期待。
あまりにたくさんの亡骸と、我を見失っていた人々を見て、信じる心が折れそうだった。
それでも。
おばあちゃんが生きていてくれることを望む。
たとえ、この家にいなかったとしても。

無残に炭化した門をくぐり、ボクは家に帰ってきた。
あちこちで小さな煙が立っている。
黒く焼けたたたきの上に身を預けた。
ジュッという音と肉の焼ける音がした。
けれど、動く力はどこにも残っていなかった。

おばあちゃん、いなかったな。

ぐったりとした頭をかすかに持ち上げて、跡形のない庭を見た。
春は沈丁花、桜に水仙、夏は新緑がまぶしくて、秋は金木犀が美しかった。
ボクがこの家に慣れた頃、金木犀が山のように咲いたのを覚えてる。
あの甘い香りをかぐたびに、あの日のことを思い出すんだ。
おばあちゃんのやさしい、大きな手。

ホロリと涙がこぼれた。

どうして、人が戦う必要があるんだろう。
気持ちを伝える言葉も、方法を考える頭も力も持っているのに。
許しあうことはできないの?
何かを犠牲にした上に、本当の幸せは存在するの?
月夜にこっそり泣いてたおばあちゃん。
オ国ノタメニ、壊れたように繰り返す偉い人。
自由のない場所が素晴らしい国?
そんなの違う。
戦争はすべてを奪う。
人は失う。
作り上げたもの、努力して重ねたもの、人の持つ幸せ。
たった一つの命さえも、その尊さを見失っていく。
奪うのじゃなく、共に生きることを望んではいけないのかな。

ボクは、生きたい。
大好きな人と共に生きたい。
それがボクに力をくれるんだ。

行かなくちゃ。
きっとおばあちゃんも待ってる。

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