想妖匣-ソウヨウハコ-

「記憶を見せてもらおう」

 秋は先程の明人の言葉で戸惑い、何も口に出来ない。

「困惑してしまうのは仕方が無いと思います」

 彼女の反応を見て、明人は予想通りだとでも言いたげな表情を秋へと向ける。

「私は匣を開けるかわりに、依頼人からは記憶を頂いています」
「なんで、記憶を?」
「詳しい話は企業秘密です」

 右の人差し指を口に当て伝える。無言の圧が笑顔から放たれ、秋は体を震わせる、だが、仕草一つ一つが端麗なため目を離す事が出来ない。

「さて、では貴方の匣。開けてみますか?」

 右手を下ろし、明人は優しく問いかける。秋は、その質問に直ぐ答える事が出来ず目を泳がせる。

「貴方の匣は黒くなっています。これ以上ほっといてしまっては、取り返しのつかない事になってしまいます」
「取り返しのつかない事って…………」
「そうですね…………。匣が真っ黒に染まってしまった方は自分の感情を失い、悪ければ自分の意志までも失い、人形のようになってしまいます」
「そんな!」

 明人の説明に秋は驚き、声を上げる。
 嘘だと思う言葉だが、彼の目は真っ直ぐで嘘をついているように見えない。それがまた、秋を困惑させる。

「匣とは、想いを閉じ込めているモノ。想いは人にとって無ければならない、無くなってしまえばそれはもう、人と呼べるのでしょうか?」

 目を細め、黒い瞳が光る。鋭い眼光に、秋は肩を震わせた。
 表情は怒りとも憎しみとも違うが、それに似た感情が彼から感じられる。それでいて楽しげでもあり、悲しみでもある。なんとも言えない感情だった。

 秋は彼の眼光から逃れるように顔を背けた。これ以上見続けていれば、何をされるか分からないと言った恐怖が彼女を包み込んでいた。

「すいません。これでは答えに困ってしまいますよね。では、再度問います」

 秋はハッと目線を戻すと、明人はいつの間にか最初の柔らかい笑みに戻っていた。そして、今度は誘うような言葉が放たれ彼女は心が揺らぐ。

「貴方の匣、開けてみませんか?」
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