俺が優しいと思うなよ?


終わりを迎えたパーティーのホール、お洒落をしても広い背中におぶられて寝息を立てる子供が起きないほど、スムーズに動くエレベーター。誰もが満足そうに、そしてどこか疲れた顔で帰途につこうと玄関ホールへ足が向くフロントのロビー。

私はクロークに預けた荷物を受け取り帰ろうとした。成海さんに会う前に、早く。

「三波さん」

女性の声に呼び止められて、振り向いた。私の後ろに立っていたのは、高級そうなモスグリーンのワンピースに真っ白なストールを羽織った上品な装いの倉岸さんだった。
「倉岸さん」
「お疲れ様。パーティーで美味しい料理は食べられたかしら?」
「いえ、何も……倉岸さんはここへは?」
倉岸さんは呆れたような顔をしてクスッと笑った。
「せっかく来たんだからスイーツくらい食べればよかったのに。私はここで待ち合わせしてるの。デートなの」
「そうだったんですね。今日の倉岸さん、とてもステキです」
「ありがとう。三波さんもドレスがよく似合っているわ。成海部長が見立ててくれたの?」
と、倉岸さんは私の服装に満足そうに頷く。
「いえ、ドレスはお店の人と……」
「そのパールのネックレスも?」
「あっ、これは成海さんが用意してくれたもので……」
と、思い出してネックレスにそっと触れる。
倉岸さんはピンクの唇で微笑む。
「ピンクパールのアクセサリーってホワイトパールよりも高価なの。より高価な宝石を女性に贈る男性って、きっとその女性を手離したくないという男の見栄と意地が込められていると思うのよ」
「そ、そうなんですか……?」
私は半信半疑で首を傾げる。
「そうよ。成海部長にとって三波さんは、傍に置いていきたい大切な人なのね」
と、倉岸さんは何だか嬉しそうに「よかった、よかった」と頷いた。

そんなはずはない。
「大切な人、それは有り得ません。成海さんにとって私は単なる部下でしかないんです。このネックレスだって、私が多分持っていないと思ってレンタルしたものかもしれないし。私にこんな高価なもの……」
倉岸さんの予想を徹底的に否定する私の中で、私にこのパールのネックレスを付けれくれた成海さんの顔を思い出す。切れ長の目尻を下げた優しそうな彼の顔が浮かんでいる。
倉岸さんは肩でふっと息を吐いた。
「何故あなたがそこまで自分を卑下しているのかわからないけど、私たち周りから見ても部長があなたを大切にしたい人だいうことはとわかるの。だから三波さんも部長の気持ちに寄り添っていいと思うのよ?」
彼女が優しく諭してくれているのは嬉しい、私も少しだけ自信を持ってもいいとさえ思わせてくれる。

でも。
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