俺が優しいと思うなよ?
夕方、痺れを切らした俺は「ちょっと出かけてくる」と言い残して、車で三波のアパートへ向かった。
茶色く錆の目立つ階段を上り、三波の部屋のドアを軽く叩く。
「三波、いるか?」
ドアノブを回そうとしたが施錠されているのか動かない。誰もいないのか、部屋の中から物音はしない。
──あれから帰っていないのか?
足を一歩引いた時、何かを踏んだ。
「?」
足を上げ、その小さな「何か」を拾い上げた。
それは俺の靴跡のついた消しゴムだった。
「……三波のか?」
パーティーの夜、ここへ来た時にこの消しゴムが落ちていたか気にしていなかったが、もし、三波がここへ一度戻っていたのなら今度はどこへ行ったのか。
階段を上がってくる足音が聞こえた。姿を現したのはエコバッグを持った中年のご婦人だった。彼女は三波の部屋の前に立っている俺を見て首を傾げた。
──ダメ元で聞いてみるか。
「あの、すみません。私、この部屋の三波の同僚のものですが、ここ数日彼女を見かけていませんか」
と消しゴムを握りしめたまま聞いてみた。
女性は「ああ、それなら」と話し始めた。
「昨日の今ぐらいの時間ならいましたよ。今、お兄さんの立っているそこで、若い女の子と話しているのを見かけたから」
と言いながらその人は頷いた。
昨日、三波はここにいた。俺は「そうですか」と、もう一度部屋の扉へ目をやり玄関の呼び鈴を鳴らす。
「三波?」
と、再びドアの向こうへ呼びかける。
そんな俺の行動に、そのご婦人の声が後ろから聞こえた。
「ああ、やっぱりあのあと出かけたのかしら。女の子が三波さんに「一緒に会って欲しい」なんて言っていたのが聞こえちゃったから」
「……え?」
俺はドアノブを回そうとした手を止めて振り向いた。
「三波は、その女の子と出かけたってことですか……」
一番奥のドアを開けて入っていくご婦人をお礼を言って見送り、俺もアパートの階段を下りる。
──三波と一緒にいた女の子は、誰だ?
ポケットからスマホを取りだして電話をする。
「もしもし、成海です。三波のことで報告がありまして、今よろしいでしょうか」
俺は響さんに、いなくなった三波のことを話した。