俺が優しいと思うなよ?

向かったのは、駅から少し離れたビジネスホテル。
成海さんがあの日、キヨスクの事務所に私の退職願を提出され、そして気分の悪くなった私を連れてきたあのホテルだ。
遅い時間だったので部屋が空いているか気になったが、運良く空室がありすぐにチェックインをした。あの時、このホテルから帰る時にロビーの一番奥のスペースにパソコンルームがあることを知ったのだ。

部屋に荷物を置くと、すぐに仕事に必要なものを抱えてパソコンルームへ引きこもった。
息抜きの食事と入浴、そして少しの仮眠を取りながら図面とデザインを入力していく。
多分、「閃いた」というものだろう。忘れないうちに細かいことは絵や文字でメモをして、画面を睨んで打ち込んでいく。こういった感覚は市営図書館のデザインを頭に思い浮かべた時以来かもしれない。
他の利用客から無意識に唸っている私にビックリしていようと、ホテルの清掃員が私が血走った目をして叫びながらキーボードを叩く姿に怯えていようと知る由もない。

とにかく、必死だった。

「で……できた……」
そう言ってバキバキと体の関節の音を鳴らしながらキーボードに突っ伏したのは、3日過ぎた午前四時頃だった。

一気に集中力の切れた私は重い体を引きずり荷物を持ってホテルをチェックアウト、そのままタクシーを捕まえて響建築デザイン設計事務所のあるビルの警備室を訪ねた。
「こ、これを響建築デザインの成海さんに……」
と、「大きな人」としか記憶に残らない警備員を前に、朦朧とした頭でポスターケースを差し出す。
再びタクシーの運転手に「着きましたよ」と起こされた私は、なんとかふらふらと部屋にたどり着いた。
「成海さん、できましたよ……」
荷物も玄関に置いたまま、ベッドに倒れ込んだと同時に深い眠りに落ちた。


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