俺が優しいと思うなよ?

西脇が横断歩道の信号を渡って歩き去って行ったのを見届け、やっと水を得た魚の如く思いっきり深呼吸をした。

束の間に過ぎないが、助かった。

タイミングよく成海さんが現れたおかげでこの場をやり過ごせたことに感謝するが、「いつでも辞表を書きます!」と宣言した後なので彼の顔を見ることが出来ずにいた。
「三波?」
すると、成海さんの方からグッと顔を覗き込まれて私もギョッと背中を反らせてしまった。
「す、すみません。何でもないんです。し、失礼します……」
と、踵を返そうとした。
が、肩に置かれた手がそのまま話してくれない。
「待て」
聞きなれた低音ボイスと同時に、私は肩を寄せられたまま成海さんの向かうまま一緒に歩き出した。

オフィスビルに戻ったかと思えば行き慣れた地下駐車場で成海さんの車に乗せられた。
「成海さん?」
「シートベルトをしろ。お前の住所を言え」
と言い出した。
きっとここで降ろせと騒いでも聞き入れてくれないだろうと観念して、私は住所を教えた。


成海さんはハンドルを握りながら話しかけてくる。いつもは無言を貫き通すのに、この時はどこか機嫌が良さそうに見えた。
「変なことを聞くが、あの西脇と今も連絡を取っているのか?」
「……は?」
私は直ぐに首を横に振った。
「ヴェール橘を辞めてから連絡なんて取っていません。会ったのも本当に三年ぶりで……」
思い出すだけで身震いする。三年経っても、あの男は私を部下のように扱ってきたことにびっくりしたが、私の方は忘れたいと思うくらいに避けていたのだ。

『よく考えておけ』

そう言われたからには、西脇はきっとまた現れるに違いない。
成海さんに話すべきなのか、どうしたらいいのか。
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