俺が優しいと思うなよ?

車はコインパーキングに預けたまま、向かったのは歩いて数分の洋食レストランだった。地元の情報誌に紹介されるくらいの有名な老舗だが、年期の入った太い柱のレトロな佇まいはこの辺りなら誰もが知っている。そしてクチコミではビーフシチューや煮込みハンバーグが美味しいと評判になっている。
仕事のお昼のランチには少し値段が高いのもOLたちはよく知っている。

まだ十一時を過ぎたばかりの店内は、まだ数席のテーブルのお客さんがいるだけだ。私たちが案内されたのは、窓際の四人掛けのテーブルだった。テーブルも椅子も洋食レストランあるあるのアンティーク調のデザインだ。どちらも古い家具だと思われるが、椅子のシートやクッションはきっと何度も貼り替えて大事に使われているのだと思った。

というか、向かいに座る成海さんをちらりと見上げた。このお店に何の迷いもなく、躊躇いもなく入っていったが、ここは彼の行きつけなのだろうか。
どうやらメニューを見ている彼をジロジロと見てしまったらしい。ふと顔を上げた彼が「決まったか」と言ってきた。
「え?あ、私は……これにします」
慌てた私は、自分のメニューの一番安価なAセットを指した。本当はカバンの中に昼食のおにぎりがあるのだが、これは夕食に食べることにした。

「……」
成海さんは手を顎にやり、何か考え始めた。そして、
「三波は好き嫌いはあるか」
と、聞いてきた。
「特にないです」と返事をすると、彼はテーブルのコールボタンを押してウェイターさんを呼んだ。
「ランチメニューのCセットを二つ。ビーフストロガノフをビーフシチューに変更して欲しい。それからライスにして、食後にコーヒーを」
と、注文した。

「ちょっと成海さん。私はAセットにすると言ったはずですが……」
私があたふたしていると、ウェイターさんは成海さんの注文を復唱して去ってしまった。一番高価なランチを頼んだ彼に文句を言う。AセットとCセットでは千円ほど金額が違うのだ。
近くのテーブルの女性客たちは成海さんをチラチラ見ながら熱い視線を送っているが、懐事情の厳しい私はそれどころではない。

その成海さんもしれっと答えた。
「小さなエビフライよりビーフシチューのほうが絶対美味いから」
「だからってあんな高価なランチを頼むなんて」
「キャンキャン騒ぐな」
口を尖らせて言い返す私に、彼は顔を歪めて呟いた。

「お前の分くらい、俺がいつでも払ってやる。黙って奢られろ」
と、私の口を封じ込めた。


< 62 / 180 >

この作品をシェア

pagetop