アンチテーゼを振りかざせ




「俺を、"好きなもの晒せる人"の中に、入れてくれんの…?」


再び、ぎゅう、と痛いほどの力を込めて
抱き締めてきた男は、そう尋ねてくる。


どこかいつもより弱々しく鼓膜を揺らす言葉。


それだけでまた涙は簡単に瞳を滲ませた。


「…だって私が選んで良いって、梓雪が言った、」

「……あの男は?」

「……え…?」


予想外の質問に、戸惑いながら聞き返すと、
ちょっと不服そうに細まる三白眼が私を覗き込む。


状況把握をしていないことを、瞬きを繰り返すしかできない私で感じ取ったのか、梓雪は溜息を漏らして、口を開いた。



「…この前瀬尾さんが、永遠に喋ってるすごいウルサい人と、もう1人。
やけに落ち着いた雰囲気の男、居酒屋に連れて来た。」



"え!?保城さんにアプローチなう!?"

"お前、ほんと声でかいし煩いな。"

"合コンの時そんな雰囲気一切出さなかったのに!ムッツリですか?!"

"…どうせお前が煩くて、他の人がどうこうする隙を与えなかっただけだろ。"

"その通りだし、俺はお前を慰めるために合コン行ったみたいだった。"

"え。で、何、ちゃんとまた会う約束取り付けてる感じですか!?"

"んー…どうだろう、電話して俺の気持ちは伝えたけど。"

"隠れ肉食系じゃないですか!!"

"まじで黙って。"



「……南雲さんのこと…?」

その会話から察するに、きっと瀬尾さんと来たのはまちがいなく古淵さんと南雲さんだ。


「名前は知らないけど。」


やっぱり不服そうな顔の男は、声は低いくせに
ぐい、と再び私の瞳に溜まった涙を拭う手つきは優しいままだった。


見慣れない筈の黒髪が、夜の冷たさに晒された風でふわっと靡くのを見ているだけで、心がすごく騒がしい。



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