アンチテーゼを振りかざせ




「…紬、今日の格好めずらしーね」

「え?」

「私服ではよく見るけど、仕事でそういうのは珍しい」

目尻に浮かんだ涙を指の腹で優しく拭う梓雪は、目が合うとまた、微笑んでくれる。
「今日はイベントで、動きやすい服装でって言われたから」と説明するとそこで初めて納得しているようだった。

レースがあしらわれた白ブラウスにデニム素材のロングスカート、あとはお気に入りのスニーカー。確かに、普段の出勤スタイルとは違う。


「ちひろさんの会社にも、こういう服装で行ってたよ」

「……」

「梓雪?」

「なんか今日、褒められて良心が痛むから言うわ」

突然の決意を語る梓雪に「なにを」と続けようとする前に、両頬を温かい手に包まれて、上を向いた状態で固定される。

「枡川さんの会社で先週、働いたんだろ」

「う、うん」

オープンオフィスのことは、梓雪にも伝えていた。目の前の男は少しだけ眉が寄っていて、どうやら何か不都合があったらしい。前に伝えた時は「そっか、良いな」と笑ってくれた気がしたけど、とそこまで考えると、梓雪が再び口を開く。

「"あの人"にも、会った?」


……あの人…?

ぽかんと口を開けたまま、梓雪の質問を咀嚼する。
そして必死に頭を働かせる中で、梓雪の瞳には、苛立ちとかでは無く、"拗ねている"ような、そういう色を見た。



「…あの人って、もしかして、南雲さん…?」

目を細めて口を噤む姿から、私の予想は当たったと知る。梓雪がちひろさんの会社で知っている人なんて、後は瀬尾さんや古淵さん、それから、南雲さんくらいしかきっと居ない。

「…うん、会ったよ」

嘘を言うのは良く無いと、とりあえずまずは肯定すると「ふうん」と呟いて、元々詰まっていた距離の中、もっと近づいてきた梓雪に唇を塞がれた。
< 199 / 203 >

この作品をシェア

pagetop