アンチテーゼを振りかざせ
「…馬鹿。」
私の言葉を聞き終えた男の最初の感想はそれだった。
遠慮ない悪口にむかついて何か言いたくても、止まらない涙が邪魔をして叶わない。
拭いながら目の前の男に視線を合わせると、困ったように細まる三白眼にかち合う。
「……ずっとカルピスサワーなんて、飽きるだろ。」
そういう話をしてるんじゃ無いわ。
こんな男にどうして、私、あんな言葉漏らしたりしたの。
もう既に遅すぎる後悔をしたって、涙はなかなか止まってくれない。
「____紬が、選べばいい。」
そんな中で、ポツリとやけに落ち着いた声が夜に溶ける。
意味が掴めないその言葉に、瞬きをしつつ、交わる視線を外せずにいると、男は眉を下げて整った顔を破顔させた。
その表情は、やけにチカチカするアッシュの髪に不釣り合いなくらい穏やかだった。
「みんなの前で、じゃなくて良いから。」
「……選ぶ?」
「うん。」
短く頷いた男は、一歩近づいてやっぱり優しく笑う。
「自分が好きなものを一緒に飲める人も、
飲みたいと思える人も、全部。
___自分を曝け出したいって思う瞬間は、
紬のタイミングで、
これからいつでも、ゆっくり決めれば良い。」
「、」
私は、自分を偽ってばかりだ。
缶ビールとサキイカが好きな自分を、
知っている人は殆ど居ない。
杏は、そういうとこも好きだって言うけど。
枡川さんも瀬尾さんも、居酒屋で楽しそうに笑ってくれたけど。
"あんたが生ビールとサキイカで喜んでるとこ、あんまり他に知られたく無い。"
…この男は、よく分からないけど。
でも。
曝け出したら、受ける痛みが倍増してしまう。
だからもう、いつも笑顔の保城 紬で居ようと。
今しがた呟いた決意を、いとも容易く遮るこの男はなんなの。
「そんな、"もう一生飲まない"みたいなさ。
馬鹿なの?極端すぎ。」
溜息混じりに悪口も当たり前に付けてそう言って、
子どもみたいな笑顔を携えて。
今日の私の傷に気付いて、
「自分のペースで、治せば良いよ。」
____そんな言葉に聞こえるのは、どうして。