エリートな彼の好きな女 ~ウブな秘書は恋愛をしたくないのです~


『秋月陽葵です。 よろしくお願い致します』


秋月は予想通りの人間だった。
俺は秘書が帰ったあとでも容赦なく呼び戻すことがある。
一応、夜八時以降に起こった事件についてはなんとか自分で対処するか次の日を待つかだ。

最初の一、二か月は秋月も相当苦労したようだった。
けれど徐々に戻ってくるのに時間がかからなくなり、一年も経つ頃には呼び出しに備えて会社近くで飲むという態勢まで整えてきたのだ。

俺は彼女にご褒美と称して酒の席に誘った。
これも初めは躊躇しまくっていたが、やはり慣れてくると楽しんでいるのが手に取るように分かる。
感情がストレートに出る彼女が面白くて堪らなく、この時間は俺自身が楽しみにしていた。
秘書としての彼女にはもちろん好意を持っていたが、秋月陽葵という一人の女としても意識するようになっていた。


そんなある日のことだ。
俺は単独で外回りに出ていた。
すっかり運転手が板についている佐倉が言うのだ。

『秋月さんとはどうですか?』

『ああ、上手くやってると思うよ』

『それは良かったですね。 僕はどうもまだ信用されていない気もしますが』

バックミラー越しに佐倉が渋い顔をするのが窺える。

『僕と車内に二人きりになると、どこか落ち着かないようでソワソワしているんです。 って、僕の話はいいんですよ』

自分から話し始めたくせにと突っ込むのはやめておこう。
佐倉はこれで随分丸くなった。
結婚して更に子供が産まれてからだ。
家庭を持つというのはこうも男を変えるものなのだろうか。
少なくとも、こいつはその具体例だな。

『秋月さん、面接の時、唯一社長の話をしなかったらしいですよ。 仕事以外で。 なんならその面でも一言二言だったとか』

『へぇ』

佐倉が何を言いたいのか何となく察する。

『なので、手こずっているんじゃないかなーと。 秋月さんには直球勝負をかけないと伝わらないと思いますよ。 多分』

目を細めてくすくすと笑う佐倉。
佐倉も言うようになったな。

『耳寄りな情報をありがとう』

『健闘を祈っています』

佐倉がにやりと笑う。
こいつ、楽しんでやがる。




その日の夜、早速俺は秋月を呼び戻す。
翌日のプレゼンの資料が無くなったと理由をつけて。
これは本当に焦ったし、嘘はついてない。

帰りに立ち寄ったいつものバーで、俺は人生で初めて女をデートに誘ったのだった。


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