偽りの夫婦
「ただいま~」
「あ、旦那様、帰られましたよ!」
「はい…」
三好と玄関に、紫龍を迎えに行く。

「陽愛」
「おかえりなさい、紫龍」
「おかえりなさいませ、旦那様」
紫龍がいつものように陽愛を抱き締め、包み込む。

あ…香水の匂い━━━女性物の。
こんな時に、どうして………

陽愛は抱き締め返すことなく、抱きすくめられていた。

「すぐに夕食の準備をしますね」
「ん」
「………なんか、三好さんの方が奥さんみたいだね…!」
アイランドキッチンに向かう三好を見ながら、陽愛が言った。
「え?どうしたの?陽愛」
「早く、記憶…取り戻したいな…!」
「は?なんで?」
そうすれば、きっとこんな醜い嫉妬しなくて済む。
紫龍が、人参嫌いなのを当然ようにわかっているはずだし、もっと三好さんよりも紫龍のことを知っているはずだ。

「陽愛」
「え?」
「それ……二度と言うなよ……!」
「え?」
「記憶を取り戻したいなんて、二度と言うな!」
そう言って、目を見つめられた。

「どうして?紫龍は、私が記憶取り戻さなくていいと思ってるの?」
「そうだよ。そんな必要ない。今からだって、十分たくさん知り合えるんだから」
「どうして…?私は紫龍のこと、たった一ヶ月間しか知らない……」

「それでも十分だよ。昔を振り返っても何にも意味ない。今を生きることの方が大事だろ?
だから、二度と言うな……。
陽愛から…そんな言葉…聞きたくねぇ……」
オッドアイの目が黒く染まる……。
そして、陽愛の口唇をなぞる。

「いい?絶対…二度と……言うな…」
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