偽りの夫婦
「会わせないよ。もう二度と……」
黒い雰囲気を包んだ、紫龍が立っていた。

「え?紫龍」
「悪いけど……もう二度と陽愛には会えないと思って!
陽愛、帰るよ…」
「え…紫龍…!」

陽愛を引っ張り、車に乗り込んだ。

「さっきの“アレ”に触られてない?」
「ううん。話しただけ」
「そっか。
ダメだよ、記憶なんて取り戻さなくていいんだよ」
「だけど、もっと紫龍のことも思い出したいし」

「そんなに…思い出したいの?俺のこと」
「そりゃあ、そうだよ!」


「でもさぁ…ないよ。思い出すものなんて……」

「え?」

「だって……。
最初から……。
俺達に“過去”なんてないから━━━━」
「は━━━?
紫龍…何、言ってるの?」

紫龍の表情が今までの、どの表情よりも、黒く恐ろしく見えた。

「まぁ、いいや!
教えてあげるよ!
だって、今真実を教えたところで━━━━━
もう…陽愛は…俺から、放れられないでしょ?」

怖かった。
悪魔のような、不気味な微笑みだった。

「陽愛が交通事故にあったあの日が、俺達の出逢い。
だから、それまでの俺達の思い出は全て……
俺の作り話」
「嘘…」

「ほんとだよ!
だから、俺達に“過去”はないんだよ。
最初から━━━━」
「紫龍…どうして?」

「一目惚れしたんだ。陽愛に……
運命だと思った。
そしたらさ、陽愛が事故にあうんだもん!
ほんと……あの時は………神様っているんだと思ったよ!
だって、俺の思うように陽愛を操作できるじゃん!」
「酷い……」

「でも……陽愛が悪いんだよ……」
「え?」
「記憶なんて……失くすから………」
「………」
「だから………俺に、いい様に、記憶を刷り込まれたんだよ……」
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