身を引くはずが、一途な御曹司はママと息子を溺愛して離さない
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都内にある洋菓子店『パティスリー・アマドゥール』
南国をイメージした洋瓦の屋根が特徴的なその建物の前には、開店前だというのにすでに二十名ほどの行列ができていた。
お目当ては名物であるシュークリーム。パリッとしたシュー生地に、とろりとしたカスタードクリームの組み合わせが絶品の人気商品だ。けれど、一日限定五十個しか売り出さないため、午前十時の開店前にはこうして行列ができてしまう。
開店三十分前。この様子だと今日も一時間もしないうちにシュークリームはショーケースからあっという間に姿を消すだろう。
「――すみません。遅くなりました」
そのシュークリームを今まさに作っている最中である厨房に慌てて駆け込んだ私は、乱れた呼吸を整えるように一度だけゆっくりと深呼吸をした。
島本美桜、二十九歳。二年前の春から、ここパティスリー・アマドゥールで接客の仕事をしている。
「おはよう、美桜ちゃん。そんなに慌てなくても大丈夫よ。あら、急いで着替えたんでしょ。シャツのボタンを掛け間違えているわね」
「あっ、すみません」
焼き上がったばかりのシュー生地にナイフを入れていた牧子さんに笑顔で指摘され、私は慌てて自分の服装を確認する。
制服として支給されているギンガムチェックのシャツは、本来ならば可愛らしい丸襟なのだが、かけ間違いにより一番上のボタンがひとつ余っているせいでなんだかおかしな襟の形になっている。
厨房に背中を向け、私は手早くボタンを直した。