身を引くはずが、一途な御曹司はママと息子を溺愛して離さない
「美桜ちゃんおはよう!」
ショーケースのある売り場から厨房に戻ってきた大柄な男性がニカッと白い歯を見せる。牧子さんの旦那さんの治さん。
ここパティスリー・アマドゥールはフランスでパティシエとしての経験を積んだ木崎さん夫婦が経営している洋菓子店だ。
「そういえば美桜ちゃん。冬真君のお熱は下がった?」
「はい。朝にはすっかり下がりました。三日もお休みをいただいてすみませんでした」
「いいのよ、気にしないで」
牧子さんはシュー生地にカスタードクリームを入れながら、ふんわりと笑った。すると、肩に突然重みを感じて振り向けば、治さんの大きな手が私の肩をポンポンと軽く叩く。
「そうだぞ、美桜ちゃん。いつも言っているけど、冬真君のことでどうしても仕事を休みたいときは遠慮しなくていいんだからな」
「ありがとうございます」
私は、木崎さん夫婦に深く頭を下げた。
こんなふうに優しい言葉を掛けてもらうたびにいつも思う。この職場は、シングルマザーの私にとってとてもいい環境であると。採用してくれた木崎さんご夫婦には感謝の気持ちでいっぱいだ。