身を引くはずが、一途な御曹司はママと息子を溺愛して離さない

『あっ、……えっと、昨日からと言いますか、正確にはおとといからですね。あはは……』

 笑ってごまかそうとしたら、つい余計なことを白状してしまったことに気がつく。私を見ている芹沢課長の目がすっと細まるのがわかった。

『おとといから? お前、こんな単純な数字の打ち込みにどれだけ時間かけてんだ』
『すみません』
『こんなの半日、もしくは一日もあれば余裕で終わるだろ』
『そ、そうなんですけど。途中までやったところで何をどう間違えたかデータがすべて消去され……』

 また余計なことを話していると気付いたときにはもう遅かった。目の前には鋭い目つきで私を睨む芹沢課長がいて、なんだかもうこの場から逃げ出したくなる。

 すると、芹沢課長が大きなため息を吐き出した。

『圭……じゃなくて榊は知ってんのか。お前のアホなミス』
『はい。榊さんには正直に伝えて謝罪しました』
『なんて言ってた?』
『えっと……〝仕方ありません。急がずゆっくりと島本さんのペースで構わないので確実に明日までには仕上げてください〟と言われました』

 榊圭太さんは私が事務の補助をしている営業担当の男性だ。

 補助……といよりも迷惑ばかりかけている気がするけれど、もともと口数の少ない人なので仕事の遅い私にもあまり厳しくはあたってこない。年齢も私より四つも上なのにいつも敬語で話しかけてくるので丁寧な性格の人のようだ。

< 47 / 180 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop