身を引くはずが、一途な御曹司はママと息子を溺愛して離さない
別れを決めた日




 *

 柊一さんとの交際が始まって一年が過ぎた十二月――。

 私は、他部署にいる同期に頼まれた書類を届けるため、セリザワブライダル本社ビル内の廊下を足早に移動していた。

 その途中、休憩室の前を通りかかると、数人の女性社員のひそひそとした話し声が聞こえてくる。

『――ねぇ、芹沢課長の噂知ってる?』

 思わず足が止まってしまった。

 どうやら扉が少しだけ開いているようで、彼女たちの声がしんと静まる廊下に漏れているらしい。立ち聞きはよくないと思いつつ、つい扉の向こうの話し声に耳を傾けてしまう。

『芹沢課長といえば、四月から華江社長の後を継いでうちの会社の社長に就任するっていう噂なら聞いたことあるけど、それのこと?』

 ――そのことなら私も最近、柊一さんから直接聞いたばかりだった。

 セリザワブライダルの現社長である芹沢華江社長は、芹沢ホールディングス社長である柊一さんのお父様の妹で、この四月から別のグループ会社の社長に就任することが決まっている。それに合わせて柊一さんが華江社長の後を引き継ぎ、セリザワブライダルの社長へと就任するそうだ。

 まだ正式には発表されていないものの社内ではじんわりとこの話題が広まっていた。

 柊一さんの噂ってやっぱりこのことかな……?

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