身を引くはずが、一途な御曹司はママと息子を溺愛して離さない
休憩室ではまだ噂が続いているらしい。内容までは伝わってこないものの、ひそひそとした話し声は聞こえてくる。
一方、彼女たちは噂話に夢中になっているようで、廊下にいる私たちには気が付いていないようだ。
私は、柊一さんとの距離を詰めると、小声で尋ねる。
『あの、どうしてここに?』
『いたら悪いのか。これから会議だ』
『ああ、なるほど』
どうやらこの階の奥にある会議室に向かう途中だったらしい。それならこんなところで引き止めてはいけない。課長である柊一さんは私と違って忙しいのだから。いや、そういえば私も大至急届けなければならない資料があったはずだ。
『今、声聞こえなかった?』
休憩室の中から女性社員の声が聞こえてきて、私の体がビクッと跳ねる。
どうやら気付かれてしまったらしい。でも、たぶん声だけで正体まではわかっていないだろう。今のうちにこの場から離れないと。
『柊一さん、ちょっとこちらに』
私はとっさに彼の腕を掴み、引っ張りながら足早にここから立ち去る。
事情がわかっていない柊一さんからは『おい、どこ行く気だ』と不機嫌な声が聞こえてくるけれど、気にせず廊下を進んだ。