身を引くはずが、一途な御曹司はママと息子を溺愛して離さない

 会議室とは逆方向に進んでいき、突き当りの角を曲がると、ちょうど扉が開いた状態になっている部屋を見つけたので逃げ込んだ。普段は応接室として使用されている六畳ほどの広さの部屋だ。

『ふぅ。危ないところでした』

 扉をしっかりと閉めてから、ホッとひと息つく。これでとりあえず立ち聞きしていたことは知られずにすむはずだ。

『なにやってんだお前は。かくれんぼか』

 顔を上げると、眉をひそめて不機嫌な表情を浮かべている柊一さんが私をじっと見下ろしている。その視線がふと私の手元に向かうのがわかった。

『その資料、どこかに届ける途中なんじゃないのか』
『え? あっ、そうでした』

 柊一さんの言葉で思い出す。そして腕時計を確認して慌てた。

『ええ⁉ もうこんなに時間が経ってる』

 大至急資料を届けて欲しいと頼まれてから、すでに十分以上が経過している。

『すみません。私、急がないといけないので』

 そういえば、柊一さんもこれから会議へ向かう途中だったはずだ。こんなところに連れ込んでしまって迷惑をかけてしまったかもしれない。

『それでは』

 軽く頭を下げてから、くるんと柊一さんに背を向けて、ドアノブに手を掛けた。

 けれど、先ほどの女性社員たちが話していた噂のことをふと思い出して振り返る。

< 70 / 180 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop