愛することを忘れた彼の不器用な愛し方
数日悶々とし、金曜日の残業終わり、久しぶりに金木犀へ赴いた。もしかしたらママなら日下さんの情報を色々知っているかもしれないと思ったからだ。

カラランと小気味良い音と共に扉を開けると、いらっしゃいとママの落ち着いた声が迎えてくれる。

いつものカウンターに足を運ぼうとすると、そこには先客がいた。

私の視線の先には会いたいようで会いたくない、でも気になる存在である日下さんがいたのだ。

「芽生ちゃん、そんなところに突っ立ってないで、早くこっちにいらっしゃい」

ママに急かされて我に返り、私は平常心を保つためこっそりと深呼吸をする。

「こ、こんばんは」

日下さんがいつもの席に促すので、私はおずおずと座った。ママから日下さんの情報を聞き出そうと思って来たのに、まさか本人がいるとは思わなかった。

「最近仕事忙しそうだね」

「はい、新システムの移行でトラブルとか問い合わせに追われて残業続きです。今日は久しぶりの息抜きです」

「そっか」

日下さんは柔らかく目元を下げた。その優しい眼差しに胸がキュンとなる。

ああ、いけない。
キュンとしてはいけないんだった。
彼は既婚者なんだから。

自然と目が日下さんの左手に行ってしまう。気になってしかたがないからだ。

あれ?ない。
見間違い?
いやいや、そんなばかな。

日下さんの指に指輪ははまっていなかった。
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