愛することを忘れた彼の不器用な愛し方
「あ、あの、一つだけ聞いてもいいですか?日下さんが笑えるようになったって、どういう意味ですか?」

曽我さんは持っていたグラスをテーブルに置くと、神妙な顔つきで声を潜めた。

「とにかく落ち込んでてね、しばらくは何を言っても笑わなかったの。仕事ばかりして体を壊すかと思ったわね。それがここ一年くらいはまた笑うようになってきて、何か心境の変化があったのかしらね?とにかく事情を知っている人たちの間ではほっとしたものよ」

「……そう、だったんですね」

日下さんはいつも寂しそうに笑う。それはやっぱり気のせいではなかったのかもしれない。

悲しい現実を日下さんは乗り越えてきたんだ。それなのに私は何も知らなかったとはいえ、奥さんを大事にしてくださいなんて言ってしまった。奥さんを大事にしているのなんて当たり前なのに。きっと日下さんを傷つけてしまったんだ。

曽我さんは私の目の前でパンっと手を叩く。

「ほら、辛気くさくなるでしょ!この話は終わりー!」

「はい、西尾、飲みます!」

私は目の前にあるグラスを手に取りイッキ飲みした。

本当に、私は浅はかだ。
バカで最低な自分。
勝手な想像で日下さんを責めてしまった。
あの時日下さんはどう思っただろう。

「いいねえ、気に入ったわ」

私の飲みっぷりに曽我さんは眉を上げる。

「おかわりくださーい」

空になったビール瓶を掲げて店員さんに呼びかける。飲まなきゃやってられない。むりやりテンションを上げないと負の感情で押し潰されそうだった。
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