愛することを忘れた彼の不器用な愛し方
「で、今の話、うちの若い子たちには言わないようにね」

「え?」

「日下くんのこと。そんな話するとみんな気を遣っちゃうし、日下くんも気を遣うでしょ。あの子ようやく笑えるようになったのよ。だから過去のことには触れずに、このままさ、誰かいい子でも見つけて幸せになってほしいわけよ。何ていうか、親心ってやつ?」

「マリエちゃんも年取ったねー」

「新井さん、やめてよ」

妙なじゃれ合いをする二人に付いていけず、私はグラスを傾けながら静かに聞いていたが、曽我さんはすぐにこちらに鋭い視線を送る。

「ていうわけだから、西尾さん」

「あ、はい、わかりました。でも私聞いちゃいましたよぅ」

「もー、新井さんったらほんっとおしゃべりなんだから。ほら、飲んで忘れなさい。ほれほれ」

曽我さんは私のグラスにトクトクとビールを注いだ。溢れんばかりに入れられ、すぐに口を付ける。

飲んだからって忘れられるわけがない。
一部の人は知っていたんだ、日下さんのこと。奥様が亡くなったのが三年前だから、私が入社前の話になる。
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