内緒の赤ちゃんごとエリート御曹司に最愛を刻まれました~極上シークレットベビー~
 当時誰かが言っていた耳を塞ぎたくなるようなひどい言葉を、祐奈は忘れることができないでいる。
 祐奈が東京へ出てホテル業界に就職したのは、いつかは彼に復讐したいという思いからだった。
 どうしたいかという具体的な考えがあったわけではない。
 それでもいつかは直接会って父の無念を、家族の思いを憎い男にぶつけたい。
 父の墓前に頭を下げてもらいたい。
 ただその思いを胸に、祐奈はひとり上京したのだ。
 一方で、天沢誘致の計画は知れば知るほど、宇月温泉にとっていい話だった。
 天沢ホテルは進出した先の環境と文化をないがしろにはしない。その地域、その地域に合ったホテルを建てるのだ。そして雇用を生みだし、地域経済にいい影響を与えることで知られている。
 間違いなくいい企業なのだ。
 宇月温泉には天沢ホテルが必要だと言っていた父の話は本当だった。
 それでもその話と、過去に社長が父にしたこととは別だ、と祐奈は思っていた。
 山間の街は、春が来るのが少し遅い。それでも吹き抜ける風はもう随分と暖かかった。
 大和は今頃、お昼寝の時間だろうか。
 今日は泣かないで一日を過ごせるといいけれど。
 晴れ渡った春の空を見上げながら、祐奈はそんなことを考える。
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