内緒の赤ちゃんごとエリート御曹司に最愛を刻まれました~極上シークレットベビー~
 昼食は滝へ続くハイキングコースのそばにある料理屋を予約してあった。
 メインストリートからは少し離れているその料理屋は静かで、一同はゆっくりと山菜の天ぷらと岩魚の塩焼き御膳を堪能する。
 大雅は、優雅な仕草で悠然と箸を進めていた。育ちのよさを思わせるその様に、祐奈は複雑な気分になった。
 かつて祐奈のアパートにいた頃は、ふたりベッドの上でくっついて、アイスクリームを食べさせ合ったりした。
 お行儀が悪いね、なんて笑いながら。
 あの彼は、もうどこにもいないのだろうか。
 食事が進み、そろそろご飯をという段になって料理屋の女将が少し意外なものを盆に乗せて現れた。
 まだすりおろしていないワサビだった。
 彼女は丁寧に頭を下げて、大雅に向かって口を開いた。
「天沢さま、本日は遠いところを宇月までお越しいただきまして、ありがとうございます。お料理はいかがでしょうか」
 予約するにあたって料理屋には、あらかじめ天沢ホテルからの視察だということは伝えてあったから、挨拶をしに来たのだろう。
「美味しいです」
 大雅が、よく通る低い声で答えた。
「古きよき日本の味ですね。使っている素材も素朴なものばかりですが、だからといってどこにでもあるわけじゃない。宇月温泉の魅力をまたひとつおしえていただきました」
 女将が嬉しそうに微笑んでから、ワサビが乗った盆をテーブルの上に差し出した。
「こちらメニューにはないのですが、特別に準備させていただきました。今が旬のワサビです。今朝採れたばかりのものです。この辺りではすりおろして温かいご飯にかけたり、お茶漬けにしたりするのですが。よろしければいかがですか」
 ワサビは宇月の特産品だ。女将のささやかな心遣いに、祐奈はありがたい気持ちになりかけて、でもはたと思いあたる。
 そういえば、確か大雅はワサビが苦手だったような……。
 ワサビに限ったことではなく彼は辛いもの全般が苦手だった。
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