内緒の赤ちゃんごとエリート御曹司に最愛を刻まれました~極上シークレットベビー~
「そうです、そうです。この辺りの人間は皆上手に擦れますがね」
 田原が機嫌よく答える。
 すると大雅がワサビを祐奈に向かって差し出した。
「じゃあ、僕は上手な方にお願いしようかな」
 祐奈の胸がどきんと跳ねる。
 擦り方にコツがあると大雅におしえたのは祐奈だった。
「あ、はい……」
 もちろん断ることなどできず、祐奈はワサビを受け取って擦り始める。
 途端にどこか初夏を思わせる爽やかな香りが広がって、大雅が懐かしむように目を細めた。
 一瞬、祐奈はあのアパートいた頃に戻ったような気分になる。
 大雅は、ワサビを口にすることはなかったけれど、祐奈が擦ると部屋いっぱいに広がるこの香りは好きだと言っていた。
 温かいご飯に擦り上がったワサビと鰹節を乗せて、醤油を一周回しかけると、祐奈は彼に差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう」
 大雅はにっこりと微笑んで、綺麗な仕草でワサビご飯に箸を入れ、一瞬躊躇してから思い切ったようにひと口食べた。
 そしてゆっくりと咀嚼して、綺麗な目を見開いた。
「……驚いたな、辛くない。香りがいいですね、……美味しい」
「そうでしょう!」
 田原が嬉しそうに声をあげた。
「なんといってもワサビは採れたてが一番です。ワサビは環境のいい場所でしか育てられませんから、宇月の自慢の特産品です。役場までは……」
 大雅は田原の話に耳を傾けながらワサビご飯を食べ進める。
 そして、全部食べ終えて、からになったお茶碗をことんと置いた。
「……こんなに美味しいなら、もっと早く食べてみるんだった」
 大雅の呟きが耳に入り、祐奈の胸がズキンと鳴った。

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