花の咲く頃、散る頃に。
その口調が品があって、とても柔らかいと感じた。
「ばれたか。すみません、突然そんなこと言われたら驚かれますよね」
照れたわけではないけれど、なんだか照れ笑いみたいなものを浮かべてしまう。
「いいえ。いいえ、ちっとも。……でも、この傘で花御堂を連想されるなんて、風流ですね。古典の担当でらっしゃいますか?」
「いや残念ながら、地理なんです」
「そうなんですか?それでも花御堂をご存じなんですね」
確か、面接予定の教員は現代文担当だったはずだが、免許は国語全般だから、当然古典にも詳しいだろう。
彼女が季語でもある花御堂を知っているのは不思議でもない。
彼女は乗っていた花びらを溢さないように注意しながら傘を閉じた。
俺は彼女の動きを追いかけつつ、
「……実家の近所に寺があるんですよ」
と簡潔に答えた。
すると彼女は「ああ、それで…」と納得したように微笑んだ。
実家の思い出を蘇らせていたせいか、その近所にあった寺の風物詩までも呼び覚ましていたらしい。
大学進学で家を出てから、一度も訪れてはいなかったけれど。
俺は上着を着直しながら、彼女に話しかけた。
「ところでその花びら、どこでくっついたんですか?まだ桜が散るには早いと思うんですけど……」
だって、さっき俺が通った桜並木には初桜すら姿を見せていないのに。
けれど彼女は、さあ…?というように、首を傾げたのだ。
「この辺りに来たのははじめてですので、どこ…と、ご説明するのは難しいんですけど……おそらく、雨が降りだして傘を開いたときに、どこか一軒家のお宅の庭の木の花がきれいに咲いていたと思います。塀からはみ出している枝もありましたから、そこから落ちてきた花があったのかもしれませんね。でも確かに、桜にしてはちょっと早いですよね。早咲きの桜でしょうか……?」
少し困ったような表情を浮かべて説明してくれる彼女だったが、俺は、それが桜だろうと寒桜だろうと、はたまた桜に似たまったく別の花だったとしても、そこを突き止めることは必要ない気もしていた。
桜前線、なんてものはあるけれど、しょせんはそれだって、ごく平均値にすぎないのだから。
なにも横並びに ”いっせーのーで!” で咲く必要もないのだし。
桜だろうと何だろうと、それぞれのタイミングで花咲けばいい。
大切なのは、散っても、また咲くということだと思うから………
……そう思えるようになっていた自分に、俺は一人、満足していたのだった。
あの実家があった場所、今度久しぶりに行ってみようか。
あの寺の桜も、花御堂も、懐かしさに浸りに寄ってみようか。
俺がなんとなくそんなことを考えていると、隣で彼女が小さな深呼吸をしたのに気付いた。