花の咲く頃、散る頃に。
「緊張してる?」
「え?あ、はい。それは……少し」
どこか頼りなさげに見上げてくる眼差しに、年甲斐もなくドキリとする。
「……大丈夫だよ。うちの在籍教師からの紹介だろう?よほどのことがない限り、きみに決まりだと思うよ?」
「よほどのことが、なければいいんですけど……」
それでもまだ自信が持てない彼女。
そんな彼女を、俺は、可愛らしいなと思った。
そして、ちらっと彼女の傘を見遣ってから、もう一度「大丈夫」と言ってみせた。
「一足先に誕生日をお祝いしたんだから、きっと願いを叶えてもらえるんじゃないかな」
「え?」
俺が言ったことに、彼女は不思議顔を向けてくる。
けれど、すぐに思い当たったようだった。
「ああ、花御堂ですか?」
彼女の花開いたような笑い顔に、俺は目を細めて頷いた。
「ふふ……そうだといいんですけど。でも、やっぱり風流でいらっしゃいますね」
そう呟いて靴を脱ぐ彼女の後ろ髪に、小さな花弁が。
俺はそれをそっと指で拾う。
「―――っ?」
俺の仕草に慌てて振り返る彼女。
そのふんわり揺れた髪まで花の匂いがしていて、俺は、妙に胸が騒いだ。
「ああ、ごめん。これが髪に……」
平静を装って、指に摘まんだものを見せると、彼女はくすぐったそうに頬を薄紅に染めた。
「こんなところにもくっ付いてたんですね。ありがとうございます……」
花の傘の下から出てきた彼女が、花の匂いや欠片を纏っていても不思議ではない。
だけど、咲きはじめた桜とともに懐かしい記憶を辿っていた俺は、その小さな花弁が、何かのシグナルのようにも感じられたのだ。
だからかもしれない。
俺は、俺の隣で紅くなっている彼女に、
「もしよろしかったら、花御堂、一緒に見に行きませんか?」
そんなことを言っていたのだ。
彼女は驚いたようにアーモンド型の目をさらに大きく揺らしたが、そこに不快な色はなかった。
それどころか、ほんのわずかな思案ののち、
「……そうですね、今年の四月八日は日曜ですし。ぜひご一緒させてください」
そう答えてくれたのだった。
そのときの彼女は、花のように可愛らしい笑顔だった。
”変わらないもの” なんて、存在しない。
あの桜達だって、刹那と永遠が混在してはいるけど、決して変わらないわけじゃない。
それは間違いない。
けれど………
俺は、面接の緊張も忘れて破顔する彼女を見ながら、密やかに思っていた。
願わくば、
彼女との出会いは ”刹那” ではありませんように――――――
花御堂(完)