花の咲く頃、散る頃に。




そして五年前の春、オレはこの高校を卒業した。

一年間片想いしていた教師に告白したのは、卒業式の翌日のことだった。
出会いの場所でもある桜並木に呼び出したオレに、彼女の方もなにか予感めいたものはあっただろう。


『もう生徒じゃないんだから、いいだろ?』

そう言い寄ったオレに、彼女は笑いながら返してきたんだ。

『なに言ってんの、まだまだお子様が』と。

そのセリフに、まだ心が幼かったオレはカッと頭に血がのぼりそうになったけれど、彼女は、ふいっと見上げて、続けた。


『……きみはまだ、この蕾みたいなものでしょ?』


その優しい眼差しの先には、まだ花開かない桜の枝。
古典担当でもある彼女らしい話題の逸れ方だった。


『……これからたくさんの経験をして、栄養蓄えて、どんな花咲かすんだろうねぇ………』

『先生が、オレの一番の栄養なんだけど?』


悩んだり、苛立ったり、落ち込んだりしたとき、いつだってこの人の笑顔ひとつで気持ちが回復したのだから。
即座に反論したオレに、彼女は楽しそうにピンクベージュの唇を上げた。


『ダメよ。わたしはまだまだ自分の花を咲かせるだけで精一杯。他の人にまわせる栄養なんてありません』

軽い口調は相変わらずだけど、目元が少し、寂しそうに見えた。

一年間、オレはずっと彼女を見てきた。
だから、彼女だってオレのことを意識していたのはとっくに気付いていた。


授業中、何度も目が合ったこと。
放課後、よく教室に残って何気ない話をしたこと。
廊下ですれ違うとき、用がなくても、いつも声をかけてくれたこと。
卒業アルバムの撮影のとき、さりげなく、でも意図して、隣に並んだこと………
互いに越えてはいけない境界線を気にしながら、距離を、保っていたんだ。
周りの誰にも悟られぬよう、ひそやかに想いを育てて。
触れるか、触れないかのところで、
大切に。


それなのに、まさかこんな返事をされるとは思っていなかった。
彼女が考えていた境界線は、オレが思い浮かべていたものよりもずっと遠く、まだまだ先の方に引かれていたようだ。
高校卒業を区切りと考えていたオレは、出鼻をくじかれた気分だった………








< 15 / 43 >

この作品をシェア

pagetop