図書室は正しく使いましょう! ~文学少女と不貞男子は恋に堕ちません?~
プロローグ


春。

春はなんか、良い匂いがする。
若葉の匂い? ふわりと優しい匂いがする。

私は昔から人より鼻が効くらしい。
季節の香りとか、雨の匂いとか。
そろそろ雨が降るよ。だって、匂いがする。
そういうと、人はよく私を笑う。
でも、雨は降ってくる。

人はまぐれと言う。
でも、私は外した事がない。

でも、そんな事はどうでも良い。
好きな匂いは沢山ある。
その分、嫌な匂いもある。嫌いな匂いもある。

ひとつだけ、過去に嗅いだ匂いで、
それ以降1度も出会えない匂いがある。

その匂いは、なんか、優しくて、暖かくて、キュッてなる。
記憶の中だけだけど。
とても好きな匂い。

いつか、また、出会えるかな。

春の優しい匂いに包まれて、
期待を胸に、桜の道を行く。
昔から憧れだった。
名門高校。

周りからも期待に弾む匂いが溢れてる。

近所の優しいお姉さんがここの生徒さんで、ずっと、憧れていた。
そのお姉さんも、良い匂いだった。
さっきとはまた別の、暖かくて、安心する匂い。
お姉さん、いま、何処にいるのかな?
大学進学で上京して、それきり会ってない。
お隣さんだから年賀状を交換するわけでもないし、
隣のおばちゃんに聞けばお姉さんの連絡先は分かるけど、なんか聞けてない。
今度聞こう。
お姉さんの高校に入ったよって。


可愛い制服に素敵な校舎、
昔のお城みたいな雰囲気。


実際、昔の貴族? 華族? のお家だったらしい。
学校教育なんたら〜っていう難しい思想を持っていた持ち主の希望で寄付されたらしい。

なんといっても、1番気になるのは図書館。

読書家だった、持ち主の本が一緒に残ってる。

お家と本をまとめて寄付しちゃうなんて立派な方だし太っ腹だと思う。
私にはそんな事できないなーって思っちゃう。

これから入学式なんだけど、その前に図書室覗いてこようかな?


図書室は独立していてもはら図書館。
公民館なんかに入ってる小さい図書館と比べたら全然大きい。
私立図書館って感じ。

図書室? 図書館だね。これは。
ドーム型っていうの?
丸い屋根で吹き抜けみたいになってる。
確か、中庭があるって。
楽しみにしておきたくて、高校見学の時に図書館だけは来られなかったんだよね。

ドキドキして、入れない……!
でも、入らないと。
入学式の時間も迫っている。
自動ドアみたい。
ええい! 前に立てば開いちゃうから、立つしかないっ!

いざ、入室!

ウィーン。
機械的な音がして、図書館への扉が開かれた。
その瞬間にふわりと古い本の香りが漂う。

昔から、本の香りが好き。
本からは、前に読んだ人の感情の匂いも付いてる事がある。
その感情に邪魔されて集中できなくなるから、鼻を摘みながら読んだりするから、周りからは変に思われるし、その本そんなに臭いの? って聞かれる事もある。

だから、あんまり、人前で読みたくない。

新刊なら大丈夫かな?
って思ったら、著者の想い、編集者の想い、塗装した人の想い、印刷所の想い、書店員さんの想い、
色んな匂いがもっとして、ダメだった。

一度読まれると匂いが変わるのは何でだろう?

しかも、1人1人で変わっていくのは何故?

『読まれる』事により、『想い』が受け取られるから、変わるのかな。
次の人が受け取ったから変わるって事か。

途中で匂いの雰囲気がガラリと変わるのは読むのを辞めたり、読みきれず、諦めて返したりしてるせいかな?
事実、それは短編集とかながーいストーリーで多い気がするから。。

違うお話や、長いから感情の起伏が激しいのかなとも思ったけど、読んだ人が違うからか、成る程。

こういう事がわかるから、鼻をつままずに読むのも嫌いじゃない。

そもそもの、古い本の香りも嫌いじゃない。
色んな人に自分の世界を魅せてきた、本。
ボロくなってしまった本は歴戦の戦士の様。

色んな人に世界を提供して、色んな匂いがついた。
お疲れ様。
お疲れのところ悪いけど、私にも魅せてね。
大切に捲るから、よろしくね。
君はどんな匂いがするの?
私にどんな匂いを付けさせるの?

そう、語りかけながらページを捲る。

普通の人にはこの匂いの感覚は無いし、
私が読んだから臭くなる事もない。

ただ、誰にも理解して貰えないのは少し切ない。。

誰にも読まれた事のない本を見つけるのに役立つ鼻。

色んな本を見たい。

何も匂いのない本を見つけた。
手に取る。
読者カードをチェックする。

「え?」

名前がある。

「3年A組 周防 至」

でも、この本からは何も匂わない……
匂わないってなんか、臭いみたい。


………

香りの方が良いのかな、言い方……

その刹那、
甘い、香りがした。

知ってる様な知らない様な、
嗅いだ事のある様な無いような、
具体的に思い出さない……

「……あっ、ダメだよぉ、いたるうう。誰かきちゃうかもっっ」

女の子の声。
甘い、だめって言ってるけど、そうは聞こえない声。

これは、、まずいぞ。

「大丈夫だよ。今日は入学式だし。先生達は皆んな出払ってる。俺ら2,3年は午後からだろ? 安心しろよ。それとも本当に辞めてやろうか?」

低く、耳に響く声。

でも、彼からは感情が、匂いがしない。

女の子の方はドキドキとか、緊張とか、喜びとか、嬉しいとか、プラスの感情の匂いがする。

こんなに匂いを、香りを? 放たない人間に会ったのは初めてだ。

「いじわる」

私の足は自然と、声のする方に、香りのする方に向かっていた。

いやいやいや、ダメでしょ。
図書館で何してんの。学校で何してんの。

学校? 入学式?

チラリと腕時計を見る。
ばーちゃんが入学祝いにくれた時計。
素敵なデザイン。
すごく気に入っている。
お店で何時間も悩む私にばーちゃんは嫌な顔しないでずっと付き合ってくれた。

じゃなくて!!!

今何時なのっ!?

「あーーーー!!!!」

時計の針は9:00 5分前を指していた。

入学式は9:00丁度から!

「誰だっ!?」

「見てません! 知りません! 私行くのでごゆっくり!!! ごめんなさーーーい!!!」

2人の顔を見る間も無く私は逃げ去る。

だって、顔見られたら怖いじゃん!!
後で仕返しされるかもしれないし!!!

*****

1人の少女が図書室から走り去って行った。
もう、その気配はしない。
完全に姿を消したのだろう。

「誰だよ……」

「至ぅ? 」

少女が呼びかけた。

「……萎えた。帰れよおまえ」

至ると呼ばれた彼は少女に冷たく言い放つ。

「えっ……」

彼女は狐に摘まれた様な顔をした。

「気分じゃない。じゃあな。午後の始業式出ろよ」

至はイライラしながら言う。
自分の服を整えて鏡を覗き込み髪の毛を気にしている。

じゃあな、

そう呟いて窓を開けて飛び降りた。

「なんで行っちゃうの……」

彼女は乱れた制服ごと、自分ごと抱きしめるようにきつく腕を自身に巻きつける。

「あの女……許せない……見つけたら、しばく」

彼女は先程の少女がいた方向を睨みつける。

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