若女将の見初められ婚
「二人揃ってどうしたん?珍しいね。お店の話?」
重苦しい雰囲気にならないように、努めて明るく聞いた。
父と母は軽く目を合わせて何かを確認するように頷きあった後、父が話し出した。
「店を閉めようという話があることは、お母さんから聞いたな?」
「うん」
きた!私は背筋を伸ばして、座り直した。
「今から話す話は、あくまでも提案や。決して無理強いではないということを頭に置いて聞いてほしい」
日頃から無表情な顔をズイッと前へつき出すように父が言った。
「な、なんやの。改まって」
提案?お店を閉める話じゃなくて?
思いがけない話の流れに狼狽える。
「『いわくら』の仁(しのぶ)君のことは覚えてるか?」
「いわくら」はうちと同じ東山にある老舗の呉服屋だ。父の仕事の繋がりで、昔から交流がある。
仁君はそこの一人息子で、小さい頃は会う機会も多かった。私より9歳も年が上なので、友だちとは言い難いが、会うと優しくしてくれるお兄ちゃんのような人だった。
最後に会ったのは何時だっただろうか。
「もちろん覚えてるよ。しの君やろ?」
仁(しのぶ)君と私(しの)は名前が似ている。
小さい頃はそれが嬉しくて、「しの君」と呼んでいたのだ。
私が、しの君を覚えていることが大事なことだったようで、父はウムと頷くと話を続けた。
「じゃあ、仁君が今『いわくら』の若旦那として成功してるんは知ってるか?
『いわくら』は、呉服屋としては老舗の有名店やけど、仁君はそれ以外にも、映画やドラマの衣装協力の分野を開拓して、売上を大幅に伸ばしてる」
「へえ!それはすごいね」
知らなかった。呉服屋も経営が難しい時代だろうに、しの君は経営者として優秀なのだろう。
しの君のことも驚きだが、他所のお店の事情に詳しい父にもびっくりする。
作業場で黙々と髪飾りを作っているイメージしかないが、意外と業界の噂とかに興味があるのだろうか。