若女将の見初められ婚
店の裏手の自宅に行く。
家の中はいつも通り。私がいた頃と何ら変わりはなかった。
居間にごろんと横になる。
着物なので普段は絶対にそんなことはしないが、帯が潰れることも今はどうでもいい。天井の染みでさえ、『おかえり』と言ってくれている気がした。
眼を瞑ると実家の匂いだけが感じられる。安心できる匂いだった。
しばらく大の字になっていたが、重い腰を上げ台所に戻った。
冷蔵庫を覗き、汁物になりそうな材料がないかごそごそ探る。
玉子があったので、かきたま汁を作った。溶いた玉子に山芋を少量すって入れると、玉子がふんわりする。父の好きな汁物だ。
昼時になり、両親が戻ってきた。
食事の間は、店に鍵をかける。「ご用の方は呼び鈴を押してください」と張り紙をしているので大丈夫だ。
久しぶりに三人で食事をし、お饅頭を食べる。三人でいても、話をするのは私と母だけ。でも、父はそれが通常運転なので何の問題もない。
「いわくら」にいると疲れるという訳ではないが、最近心が乱れていたので、実家で取る食事は心底安らいだ。