ひと雫ふた葉  ーprimroseー

3es.遮る飛雨





 辺りの住宅より一層大きく佇む洋式造りの家。その表札には〝紅苑〟と達筆な文字が刻まれている。

 まだ徳兄達が到着していないこの間、雨香麗はしきりに深呼吸をしていた。かける言葉が見つからない俺は、その手を握り直してやることしかできない。

 ようやく徳兄と瑮花、麗司さんが談笑しながら車庫から歩いて来るのが見え、雨香麗の手を引いた。雨香麗は小さく頷くと俺のあとに続き家の中へ足を踏み入れる。

 広く設計された玄関を入って短い廊下を抜けると、茶色や黒を基調とした少し薄暗い雰囲気のリビングが現れ、その先に上へと続く階段が現れた。

 麗司さんは徳兄達を2階へと招く。

 そのあとをついて行くと階段を上がってすぐのドアに可愛らしいプレートが下がっており、そこには〝あかりのへや〟と手書きらしい文字が並んでいた。

 雨香麗の緊張がその手から伝わるのと同時に、麗司さんがドアを開け放つ。




「一応あの日、僕が片付けたんだけど」



 そう言いながら麗司さんは徳兄達を振り向いた。

 部屋の中は本当に女の子らしく、こんな形で想い人の部屋へ足を踏み入れてしまったことに、小さな罪悪感を覚える。

 フリルにリボン、ピンクにパステル……。

 それらを基調にした家具に、まるでこの家に住むお姫様のようだと思い、雨香麗はそれほどに家族から深く愛されていたのだと、痛いほどに伝わってきた。

 俺でもここまで感じられるんだ、雨香麗はそろそろきっと記憶を思い出し始めて……──。




「あっ、雨香麗!」




 振り向こうとした時、俺のそばを滑るように移動していく雨香麗が視界の端に映り、その手を慌てて掴み直した。顔を覗き見れば光を映さない瞳と目が合う。

 おぼつかない足取りで、けれど真っ直ぐに、どこかへ歩く雨香麗の手を離さないようにしながら行く末を見守る。

 今、雨香麗はまた思い出してるんだ。




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