ひと雫ふた葉  ーprimroseー




 そう思ったけど、もう雨香麗の表情には迷いも恐怖もないように見えた。繋いだままの手に力を込め、俺は雨香麗を元気づけようと最大限の笑みと気持ちを送る。




「雨香麗は独りじゃない。俺がいるから」

「うんっ……ありがとう」




 病院から抜け出し、俺達は次の関門へと進む。その途中、雨香麗は思い出した断片的な記憶を話してくれた。

 つらいだろうに、雨香麗は必死になって話してくれる。

 無理をしなくてもいいとは言ったものの、話した方が気持ちの整理ができる、と言われ何度も言葉を詰まらせる雨香麗の背を撫でながら話を聞いた。

 母を亡くしてから父は深く傷ついてしまい、すっかり塞ぎ込んでしまったと言う。その様子を見て雨香麗は自分は愛想をつかされた、父に愛してもらえない、と勘違いを起こしてしまった。

 そのあと何かがあった気がすると言うが、思い出せないらしい。

 でも父をそんなふうに見ていた反面、離脱してしまう前……まだ入院したばかりの頃の記憶も戻ったと話しており、その時は父が何度も自分の名を呼び、毎日のように話しかけてくれたのを覚えていると言った。




「パパも、きっと……不器用だっただけ。ママが死んで、ひとりでわたしとお兄ちゃんを育てようとしてくれてたのに。それなのに、わたし……」




 雨香麗はまた涙を流したけどすぐに拭い、「行こう」と俺の手を引いた。

 今の雨香麗なら、きっと大丈夫。

 そう強く思えるほど、前を向く雨香麗は凛々しい顔をしていた。




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