求められて、満たされた
あの日から奈生ちゃんと連絡が取れなかったから。
聞きたくなんか無かった。
現実を受け入れたくなんかなかった。
「木下がアルバイトをやめた。」
ほら。
涙は出なかった。
やっぱり俺は現実をきちんと受け止めたくないんだと分かった。
「昨日な、お前が出勤する前に木下が挨拶に来たよ。本当は昨日のうちにユウに言いたかったんだが口止めされててな。すまない。」
「いいよ、別に。」
「ユウ、大丈夫なのか?」
「何が?居酒屋の仕事は大変だからな。今までもそうだったろ?新しくバイトが入ってもすぐ皆辞めてくし。早く新しいバイト入るといいね。」
笑いながら俺は言う。
「ユウ。」
多分、お父さんは俺の気持ちに気付いていたと思う。
だから今も心配そうに俺を見るんだろう。
でもそうやって哀れみの視線を向けないで欲しかった。
「ごちそうさま。ちょっと出掛けてくるね。」
この空間に居たくなくて俺は食器を台所に置き、部屋に戻って急いで着替えを済ませ、スマホと財布だけを持って家を出た。
外は、相変わらず寒い。
いやここ数日でどっと冷え込んだ気がする。
どこに行こうか。
友人に連絡して遊びに誘うことも考えたが、1人で居たい気分だった。
誰かと一緒に居ても上手く笑える気がしない。
適当に電車に乗った。
行き先は何も決めていない。
何処でもいいから知らない場所に行きたかった。
適当な駅で降りる。
スマホのナビも開かず気の向くままに歩く。
かなり歩いた気がする。