鬼の棲む街



「ユウキ」と一平さんが声を上げると襖の向こう側から「承知」と声が聞こえ

暫くすると女将と二番手の柳さんが入ってきた


鉄鍋に火が入ると向かい側では一平さんが愛さんの卵を溶き始めた

それを柔らかな表情で見ている愛さんは私の視線に気づいたのか


「何も出来ないのが私の仕事」


そう言って笑ったあとで付け足すように


「コーヒーなら入れられるわよ?」


お茶目に片目を閉じた愛さんを見つめて


「それも偶にだからスゲェ貴重」


同じように笑った一平さん

お互いを大切に思い合っていることがストレートに伝わってきて羨ましい


「小雪は好きな人いるの?」


そんな私に直球が投げられた


「・・・好き・・・ん・・・これまで誰かを“好き”って思ったことはないかな」


頭を過った白は愛さんの言う“好き”とは違う


「“好き”ってね、簡単そうだけど意外に難しいのよ
“好き”と口にするのも難しい」


フフと笑う愛さんは必ず一平さんを見つめる


「“もう二度と会えなくなるなら何を犠牲にしても会いたい相手”」


「え?」


「昔ね、尋が私に言った言葉」


「尋が?」


「そう。会いたいと・・・純粋に、ただ会いたいと心が言うの
覚えておいて。きっと小雪の役にも立つわ」


「・・・うん」


冷鬼と呼ばれる愛さんの人間らしい一面を見られた気がした


「皆さんビールでよろしかったですか?」


女将が瓶ビールの栓を抜く

“別で”と言おうとした時


「愛は何にする?」


一平さんの声が聞こえて視線を戻した


「私と小雪は赤ワインのスパークリングで」


一度私を見てそう言った愛さんに同意するように静かに頷くと


「銘柄は・・・」


「お任せするわ」


「かしこまりました」


またひとつ好みが被っていることに嬉しいと素直に思う自分がいた


そんな鬼達との食事会はエレベーターで肩を落としたことが嘘みたいに楽しい時間だった




















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