鬼の棲む街
違和感




「ただいま」


「お帰りなさいませ」


いつものお手伝いさんの出迎えだけでシンとした家に入るとそのまま二階へと上がった


お気に入りだったベッドに寝転がる

見慣れていたはずの天井

大好きな香水の匂いがする部屋


そのどれもに違和感を感じた


一ヶ月


たった一ヶ月なのに


南の街は私を解放してくれた


その自由が此処に帰って来て初めて実感できた


コンコン

控えめなノックに返事をすると紅茶のポットが乗ったワゴンを押してお手伝いさんが入って来た


「本当にこちらで・・・?」


不安そうな表情のお手伝いさんは引越しの手伝いに来てくれた人

えっと、名前・・・知らない


「此処で、良いの」


紅茶はお気に入りのサンルームで飲むと決めていた

陽だまりみたいで唯一安らげる場所

そんな拘りも今は、どうでも良い


「では、こちらで」


そう言って微笑んだお手伝いさんは

ソファではなく窓際にある小さなテーブルセットに用意してくれた


「あれからいかがですか?」


この人の言う“あれから”は偽のストーカー被害のことだろう


「うん。もう大丈夫みたいよ」


「それはよかったです」


自分のことのように安堵する様子を見ながら


「ねぇ、名前なんて呼べば良い?」


彼女を見上げると


「中谷《なかたに》です」と恥ずかしそうに答えた


「ん、じゃあ中谷さん今日の父様達の予定は聞いてる?」


「あ、はい。旦那様はいつも通り夕食は外で済ませると連絡がありました。
奥様と晃一様は帰宅後お嬢様と一緒にと伺っております」


「・・・そう」


兄様だけなら兎も角、母様も家で食べるってどういう風の吹き回し?

重たくなる時間を思ってため息が漏れる


「夕食までは部屋に居るから」


「承知しました」


これで呼びつけない限り部屋には誰も寄り付かない


中谷さんが出て行ったあとでバッグの中から携帯電話を取り出した










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