鬼の棲む街



車が動き出すと巧は携帯電話を私に差し出した


それは通話中になっていて【L】と表示されている



受け取って耳に当てると


(泣いてない?)


やけに優しい愛さんの声がした


その声に


また涙が落ちる


「・・・泣いて、る」

(遅くなってごめんね?)

「・・・ううん」

(だって家から出ないんだもん私も久しぶりに焦ったわ)

「愛さんが?」

(携帯電話を実家に置いたままにしてるし)

「・・・え」

(随分と手のかかる子)

「・・・フフ」

(お節介なら五十嵐琥白の元へ帰すわよ?)

「・・・やだ」

(フフ、素直でよろしい)

「私はいつも素直、よ」

(それだけ言えたら大丈夫ね)


白の名前を聞いただけで身体が震え始めた私の手から携帯電話が抜き取られた


「愛、悪りぃ。後にしてくれ」


そう言って終話を押した巧は隣に座る私を抱きしめた


「・・・っ」


「大丈夫か、震えてる」


頭の上から降る声は
らしく無いほどのか弱いもの


再会してからずっと尋と話しているような気になるのは

いつもは緩い巧の真剣な時にしか出ない口調


強く抱きしめられた身体は
そのまま巧の膝の上で横抱きにされた

ゆっくり近付いて
首元に顔を埋めた巧は


「間に合ってよかった」と声を震わせた


あの街を護るほどの力を持つ鬼の内面に触れた気がして胸が騒つく




もう二度と会えないと諦めていた鬼が目の前に居る


ただそれだけで気持ちが温かくなって涙が溢れた


















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