鬼の棲む街



【あひ】



蒲鉾板にも満たない木彫りの小さな看板

・・・小さ過ぎない?

喫茶店の表示すらないそれに暫し頭を悩ませる

繁華街の中にありながらそこだけタイムスリップしたような気分になるクラシカルな建物

そのレトロな雰囲気と窓が無いから覗き見すら出来なくて開店しているのかどうかさえ分からない

悩みながらも微かに匂うコーヒーの香りに入ることを決めた


「待っていてくれる?」


「うん。いってらっしゃい」


紗香は少し離れたところで待っていてくれるらしい

装飾のある重い木の扉を開けるとカランと大きな鈴の音がした

途端にコーヒーの香りに包まれる

その中に僅かにフローラルが混ざっていた


・・・ん、と


間接照明だけの薄暗い店内はこじんまりとしていて
カウンターに座るお客さんが一人とその中に杉田さんが見えた


「いらっ、あ、小雪ちゃん」


私に気付くとカウンターの中から出てきてくれた


「こんばんは」


「どう?もう身体全快?」


「はい、もう元通りです」


「スッピンでも美人だったけど
お化粧してオシャレしてるとモデルさんみたいだねぇ」


「ありがとうございます」


「今日は?コーヒー飲みに来たの?」


「今日はお礼に伺いました
これ・・大した物じゃないんですけど
二階のダイニングにあった猫足のテーブルに似合いそうで・・・良かったら使ってください」


リボンのついた包みを差し出す


「あ〜、こりゃ参ったなぁ。年甲斐もなくドキドキしてきた。大したことしてないのに悪いなぁ
でも、ありがたく頂戴するよ。ありがとう小雪ちゃん」


「はい。じゃあ、お友達が外で待っているので」


「そうかい」


「次はコーヒー飲みに来ますね」


「あぁ、次は是非にね」


少し背の高い杉田さんに一度視線を合わせて小さく会釈して帰ろうとした


刹那


カウンターに座っていた人が半身だけ振り返った


「・・・っ」





僅かに見えた横顔に

僅かに向けられた鋭い視線






ただ

それだけなのに

一瞬で動けなくなった











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