鬼の棲む街



「ちょっ、ねぇ、尋、ちょっとってば」


背中をバンバン叩いてみてもスタスタと歩くその速度は落ちないし動くたび肩にお腹が食い込んで苦しい


ガッチリ掴まれた身体は抜け出せそうにもないし

この高さから落ちたら無傷じゃいられない

そうこうしているうちになんだか見覚えのある景色が目に入り自動ドアが開いた所で肩からおろされた


「・・・っ」


なに?私の家を知ってる?驚きに尋を見上げると

流れるような手つきでエントランスの扉を解除した


「・・・?」


呆然とする私の肩を抱いて尋が迷いなく足を進めるのは東棟の住人しか潜れないセキュリティが立つ自動ドア

「お帰りなさいませ」


丁寧なお辞儀を横目にエレベーター前で止まった


「・・・」


頭を過ったそれは尋の手がパネルに翳された時に形になった

パネルに表示されたのは最上階


「どこに」


「俺ん家」


「・・・なんで」


「煩せぇ」


「・・・は?」


誘拐紛いの連れ去りに逃げ出すことも叶わないままエレベーターは到着し

二軒だけのホールの豪華さに驚いているうちに尋の家に連れ込まれていた


「・・・な、ちょ、もう」


強引に腕を引かれるからバタバタと脱ぎ散らかしたヒール


スリッパも出されないまま入ったリビングは生活感のない重い部屋だった


「キャ」


ハイバックのソファに押されて腰を下ろすと尋の長い腕が私を囲い込んだ


壁ドン・・・じゃなくて
ソファドン・・・かな

危機的状況なのに頭は至極冷静

それが

鋭い双眸に視線が絡め取られマリンの匂いに包まれると揺らぎ始めた



そのまま言葉を発しない尋


お互いの息遣いが近づいて


少し動けば

唇が触れてしまう




そんな僅かな隙間に



携帯電話のバイブ音が割り込んできた








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