十六夜月と美しい青色
 満月を少し過ぎた、夜の帳を照らしだすような十六夜の柔らかな月明かりが、和人の部屋の窓辺を照らしていた。部屋に延びるシルエットには、和人と結花が解け合うように絡み合う姿が写し出されている。

 和人の指先で導かれた絶頂を迎えたあと、結花の目に写っていたのは、獰猛な野獣が掠れる声で自分の名を呼ぶ姿だった。甘くとろけるような愛撫に身体を溶かされると、圧倒的な質量の楔を打ち付けられた。激しいのにどこまでも優しく、自分を刻み付けるように打ち付けられる。

 「…りょ…う…」

 両手で隠しても、溢れる涙は指の間をすり抜けてシーツに染みを作っていく。溢れる涙に相反するように、快感に翻弄されている身体から吐息がこぼれる。だんだんと愛撫に溶かされた身体は、本能が素直に体の奥底にその熱を欲しがり始め、何度かの絶頂を迎えても結花の心は凌駕を求めて叫んで涙があふれていた。

 和人にはその涙が、幸福感が引き出したものでないことは分かっていた。自分の与えた、愛情や身体的な快感でもなく、ただ一人の男がもたらした絶望であることは明らかだった。それでも、その傷を癒すためだけに自分の持てるものを惜しみなく結花に注ぐ。

 「今だけは、そいつを想って啼けばいい。だけど、結花を抱いているのは俺だから…」

 顔を覆っている手の甲を唇で触れ、楔を奥深くへ打ち付けながら耳元でささやいた。

 「結花…」

 耳朶を食み、うなじを伝って柔らかな双丘の片方の頂を口にする。もう片方の頂を指で弄べば、結花の身体は和人の打ち付けた楔を締め付け、和人を恍惚へと引きこむ。快感にたまらず漏れる二人の吐息が月夜の静寂に溶けていき、激しく打ち付ける楔がもたらす官能が最高潮に達すると重なり合うようにベッドへ崩れ落ちた。

 腕の中で、いつの間にか眠りに落ちている結花の頬に残る涙の跡を、和人は指でなぞり唇と舌が触れながら消していく。

 「俺を、早く思い出せよ」

 柊吾の後ろにいた女の子は、いつの間にか別れに心を痛めながら前に進もうとする大人の女性に成長していた。しかし、他の男を想って自分の腕の中で乱れる姿を目の当たりにして、どす黒い感情が心の中を蠢き(うごめ)始めた。

 今までの和人なら、考えられないことだった。誰とも深い関係にはならず、女性とは、身体にたまる熱を発散させるだけの関係でよかったのに。でもいまは、自分の腕の中で眠る結花を誰にも渡したくない。和人は、初めての感情に戸惑いを感じていた。

 簡単には心まで手に入らない。あの頃感じていた、淡い気持ちが今に続いているわけではなく、今夜和人自身が、絶対に落ちるはずがないと思っていたところへ真っ逆さまに落ちてしまっただけだった。バーカウンターで目にした、慣れないお酒の力を借りてまで精一杯背筋を伸ばそうとあがいている彼女に再び恋してしまった。

 裸のまま、部屋に備え付けの冷蔵庫から軽めのカクテルの缶を出してプルタブをひいた。プシュッと音がしてアルコールの甘い香りが鼻腔をくすぐる。ソファーに腰を掛け、全身に感じる気怠さを弄びながら、ベッドで月明かりに照らされている結花を眺めていた。寝返りを打ちながら、夢の中でここにいない男の名を掠れた声で呼んでいる。

 今夜一緒にいるのは、その男じゃない…。

 和人は、嫉妬にかられた感情を隠すことなく再びベッドへ腰を下ろした。汗ばんでいた結花の身体も乾き始めていた。風邪をひかないようにと寝具を掛け直すと、寝返りを打ってうつぶせになった結花の背に覆いかぶさり、しっとりと吸い付くような肌に撫でるように指と唇を這わせ始めた。
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