十六夜月と美しい青色
 しばらくすると、隣のカップル客も部屋に戻って行った。時計の針は午後10時を指したばかりだった。
 相変わらず、結花はカクテル一杯を見つめ続け、溜息を付き、時々涙が頬を滑り落ちていた。隣のカップル客が居なくなった事にも気づいていないようだった。

 結花は、少し潤んだ瞳で、バーテンダーに声をかけた。程よく酔いが回り始めているのだろう。左手のリングに触れながら、あまり強くないものを…と、カクテルのおかわりをオーダーした。

 二人だけになったカウンターで、和人は結花に気づかれないように、左手のリングを見ていた。執拗に触れていたのに、突然リングを外すと鞄の中に落とした。

 和人には、一筋の光が見え、燻っていた劣情が煽られる思いだった。

 「今度は、アプリコットフィズ。新しい恋が始められます様に。僕からのおまじないかな」

 そしてまたしばらくの間、和人はバーの片付けをしながら、結花の様子を伺っていた。そして2杯目のグラスを飲み終わろうとしていた時、結花に声をかけた。

 「失恋は、新しい恋で上書きするといいって言うよね?今夜は、何もかも忘れて、僕に一夜を委ねてみない?」
 
 もう逃さないよ。と和人は結花には聞こえないように呟いた。

 結花が、動揺して「貴方は私の王子様なの?」と、更に和人を煽るようにな言葉を紡ぐ。

 「さあね、もしかしたらただの狼かもしれないよ。」

 結花の視線に、和人は自らの視線を絡ませると、瞳の奥を探るように見つめた。
 
 そのままオレの手の中に落ちておいで…。

 和人の視線に狼狽えながら席を立つと、結花は慣れないアルコールに、ワンピースに合わせたパンプスのせいでバランスを崩してしまった。すかさず、和人が抱き寄せると、身体を離そうとした結花の腰にまわした両腕に更に強く力を込めた。

 黙ったままの結花に、身体の中で燃え上がり始めた劣情とともに、掠れる声で自分の部屋に来て欲しいと懇願した。
 
 和人は、結花のうなじに唇を這わせ、抱きかかえる両腕に更に力を込めると、うなじから香り立つ甘い香りと自分が纏っているムスクの混ざった甘過ぎる香りが和人の劣情を強く刺激した。

 
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