十六夜月と美しい青色
 「それなら、私と凌駕の事知ってて昨夜は話を聞いてくれてたの?」

 「知ってたのは柊吾から聞いてたことぐらいだし、モール内のスタッフの間でも美男美女のカップルだからって話題になってたから噂話くらいは耳に入ってた。まさか、婚約破棄とか思いもしなかったけど」
 
 遠慮がちに後ろから回された手を、和人は自分の手で包み、優しい眼差しで、自分の肩越しに結花の様子を窺った。それに気づいた結花は、回した腕に力を込めた。

 「だって、私が一番思いもしなかったもの。よそに子どもまで作られて、あーあ、またモールのスタッフの噂話のネタができたわね」

 自嘲気味に話す結花の声音に、諦めきれていない様子がありありと出ている。それでも、不思議と背中越しに聞こえる和人の鼓動を聞いていると落ち着いてきた。
 
 「なあ、本気で俺と婚約をしないか?勢いで言ってるわけじゃないから。いまのお前を、俺が守りたい。こんなことを言っても信じてもらえないのもわかってるから、これから時間をかけて俺のことを知ってくれたらいい。それで、俺が横から掻っ攫ったことになれば、世間的にも結花が傷つかなくて済む。婚約期間も1年あれば、俺のことを好きになってもらえるようにするし、ダメなら解消すればいい。まあ、そんなことにならない自信はあるけど」

 和人は、回されていた腕をほどくと、結花をベッドに再び押し倒した。不敵に笑みをこぼしながら唇を重ねる。結花の下唇を啄む。
 
 「和人にとって、何がメリットでそんなことを言うの?」

 あり得ないという顔で、結花は聞いた。そもそも、自分にそんな魅力があれば、今のこの状況なんて起こりえなかったのに。

 「夕べも言っただろ、絶対離さないって。それに、今のお前を本気で俺の物にしたくなっただけ。俺が、これ以上ない程愛してお前を幸せにしてやる。奴の事なんて忘れてしまえ。さあ、俺の手を取れよ」

 結花の両腕をシーツに縫い付けて、不敵な笑みの瞳の奥に再びくすぶり始めた獰猛な野獣の欲望の炎が、再び狙った獲物を食べつくそうとしている。 

 「もう、俺の手を取れよって、なんなのよ。そんなに簡単にできるわけないでしょ」

 結花は、和人の手を振り解こうと身体を捩りながら言った。

 「お互いに思いあってると信じていても、裏切られるんだもの。…貴方の手をどうやって取ればいいの?野獣さん?」

 結花は、空虚な笑みを張り付けていた。

 「そうだな。いまは、俺の言葉を素直に聞いてもらうしかないけど、俺は絶対に結花を裏切らない。一生を懸けて証明させてくれないか?」

 結花を捕らえていた視線が緩み、相好を崩しながら結花の隣に和人は体を横たえた。

 「ねえ、和人が柊吾の友達で、私のことを知ってるのもわかったけど、一生を賭けてって、結婚するってことでしょ。私は結婚は、愛があって成り立つものだと思う。和人みたいに勢いだけのプロポーズって、飽きたらやめるなってなりそうじゃない…?」

 結花は、上目づかいで和人を見ていた。

 「そうだな。先ずは、今日は映画でも見に行くか。そうやって、少しずつお互いのことを知る時間を作ればいいんじゃないか?」
 
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