十六夜月と美しい青色
 どれだけの時間が過ぎたか、二人が目覚めると窓から見える木々は、すっかり高く昇った太陽の光を受けていた。
 
 結花は、自分の身体に絡められていた腕を、静かに解いてベッドに座った。和人は、わずかな衣擦れの音に無意識に結花の腕を掴むと、頬に触れる手の柔らかな感触に意識が覚醒されていく。和人の見上げた眼差しの先に、眼を細めて自分を見つめる結花の姿を見たが、その気持ちを推し量ることが出来なかった。

 「ありがとう…。一人だとこんなに冷静になれなかったと思う。慰めてくれたのが、和人でよかった。今までの彼氏にだって、こんなに優しくされたことなかったから、勘違いしてしまいそうになっちゃった…」
 
 「勘違いしろよ。そんなに俺は頼りないか?」

 再び、縋るような眼で結花を追う。

 「そうじゃないけど、こんな時にそんなことを言われてもどう答えていいかわからないもの」

 ぎこちない微笑みを作り付け、ベッドを出ようとした結花の腕をつかんでいた手に力を入れ、和人は懇願するような思いを言葉に重ねた。

 「俺は卑怯だから、お前の弱みに付け込んで俺の物にしようとしてる。それなのに、見向きもされないんだ。そこまで想われているのに、奴はなんで余所見なんてできるんだ…。魅力的で、俺の心をとらえて離さないお前を誰にも渡したくない。俺はどうしたらいい?」

 追い縋ってまで手に入れようとする、自分の独占欲の強さをこんな形で知ることになるとは思いもしなかった。
 
 「なに、言ってるのよ。それこそ、本命の彼女がどこかにいるんじゃない?ホントに、暫くそういうのはいいかなって思ってるから。」

 「俺は、本命がいるのにお前を口説くようなそんな男に見えるのか…」

 和人の手を振りほどくと、背を向けたまま自身の両腕を抱いて告げた。

 「申し訳ないけれど、少しの間ひとりにしてもらえるかしら。身支度を見られるほど、まだそんなに親しくなったつもりはないから」

 突き放すような言い方をしながら、結花の肩がわずかに震えていた。

 和人は、今は何を言っても素直には聞いてもらえないだろうと感じて、ベッドのそばに脱ぎ捨てていた服を手に取った。

 「わかった。シャワーを浴びている間に、部屋を出るから。だけど時々、連絡するくらいは許してくれ」

 「わかったわ」

 結花は不意に頬を伝う涙を、和人に悟られまいと足早にバスルームに向かうと、ドアを閉めるとそのままもたれ掛かるように座り込んでしまった。

 「ごめんなさい…。」

 訳もなく発せられた言葉が、更に、涙を誘った。
 
 和人も、パタン…と、ドアのしまる音が聞こえてくると、大きな溜め息と共に吐き出された苛立ちが、拳を伝って激しくベッドへ叩きつけられた。大きな振動とマットの軋む音が、和人の身体に虚しく響く。

 暫く呆然としていたが、バスルームからはシャワーの水音が聞こえてきて、和人は帰り支度を始めた。
< 18 / 46 >

この作品をシェア

pagetop