十六夜月と美しい青色
 「社長はいる?」

 結花が店のスタッフに声をかけると、応接室に居ると教えてくれた。行ってみると、父と母がなにやら真面目に話し込んでいる。

 「何か話があるって、柊吾が言うから来たんだけど、後からにしようか?」

 何か決めかねて考え込んでいるような様子で、歯切れが悪そうに父が話し始めた。

 「いや、お前のことなんだが。まあ、母さんともどうしたものかと話してるんだが…」

 父が、珍しく口ごもっていた。普段、人前では自信過剰なくらい隙を与えない父なのに、その様子が結花の不安をあおる。

 「なにかあったの?」

 「それがな、お前に見合い話がきているんだよ」

 そういうと、渋い顔をして母と目を合わせていた。

 「紅梅屋の息子とのことがあったばかりだから、こちらも乗り気になれなくてね。最初は断ったんだが、相手の方がなかなか粘ってきて。なぁ、母さん」

 そうなのよと言いながら、何か納得できない顔で父に相槌を打っていた。

 「そんなに急いで、お膳立てしなくてもねぇ。それよりは、先に柊吾にお嫁さんが来ないかしら。あの子も、お付き合いしている人は居るみたいなんだけど。なかなかそんなお話にはならないようだし」

 なるほど、それで柊吾がさっさと営業に出たのか。母につかまってこれを言われ始めるとなかなか終わらない。結花は妙に納得した。

 「それに、結花にはあんな事があったばかりだし、しばらくは結婚のことは考えなくてもいいんじゃないかって思ってるの。だから、貴女に相談もせずに断っていたのよ。結婚なんて、するときは燃え上がっていいでしょうけど、それから先は永いのよ。結花にとって大事だと思える人と一緒になって欲しいの。だから焦る必要もないし、このお話だってあなたが気がすすまないなら改めてお断りをするわ」

 母が、断る気満々でいるのとは対照的に、父には断るのも引っかかることがあるみたいだった。

 「お前、あの後独り暮らしを始めたから知らんだろうが、お断りした後からお相手の方が何度も家の方に挨拶に来られてな。普通なら、きちんとお断りすればそういう事は無いはずなんだが、あまりにも熱心にお前に会いたい、結婚を前提の交際をさせて欲しいと頭を下げられるから、どうしたものかと思ってな。母さんも言ったように結婚はそこからが生活の始まりだからな、誰かに押し付けられて上手くいくものでもないんだよ。そう思うから、相手の方に断り続けていたんだが、さすがにこれ以上は相手の方にも悪いから、見合い話を受けることにしたよ」

 「もしかして…」

 結花が、心当たりのある表情をすると、父がやはりと頷いた。

 「お前の気持ち次第だから。結花は彼のことをどう思っているんだね。紅梅屋のことがあって直ぐだからと言って、人の気持ちの移り変わりは悪い事じゃない。お前がそれで幸せになれるのなら、このお話はよいご縁になると思う。このご縁を、どうしたい?どうも、お前も全く知らない相手ではないらしいし、紅梅屋が家に来た時のことも知っているみたいだったが。あの時のことはうちの家族と、弁護士くらいしか詳細は知らないはずだ。破談の条件に、示談が成立するまでは紅梅屋の息子の入籍はしないことになっているし、お互いに商売のつながりもあるから、あまり表立たないように内々に話しをすすめている」

 父の手際の良さを感心するも、その手を煩わせてしまったことに結花は胸が痛んだ。

 「紅梅屋のことはなるべく早く整理するから、結花は気にしなくてもいい。お前に非があるわけじゃないんだから。それよりこの見合い話、結花は受けてくれるか?」

 思案に暮れて、ソファーに持たれた結花の父が腕を組んだまま大きなため息をついた。 
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