十六夜月と美しい青色
 おとなの男性に、可愛いなんて思う方が失礼かと感じても、嬉しそうな顔でニコニコと自分を見つめる和人にそれ以上に似合う言葉なんて結花には見つけられなかった。スリーピースのスーツで、モデルと見紛(みまが)うばかりの際立つ男性の色香より、自分を愛おしく見つめる瞳から目が逸らせなくなっていく。

 あの時、容赦なく和人を突き放したのに…。それでも恋をしようと言ってくれる。

 結花の心の中は、戸惑いで溢れていた。

 「今日、一緒に過ごしたくらいで結婚したいと思うほど好きになれるかなんてわからないわ」

 決して、目の前に居る和人が嫌なわけではない。むしろ、あの時より好意を感じてるのも分かっている。だけど、結花にとって、いま感じている好意を結婚に結びつけるほど、それは強い思いではないように思えた。

 そんな事、和人にはお見通しだった。
 
 「今から、お互いのことを知っていけばいいんだから気負わないで。そこは、好きになってもらえるように俺が頑張るから。1年の婚約期間を作って、結花の心が決まったら入籍しよう。1年経っても無理なら俺が諦めるし、1年経たなくても結花の気持ちが俺に向くことがないってわかったら、俺のせいにして婚約破棄すればいい。それも嫌なら、いますぐこの縁談を断って欲しい」

 「あの夜もそうだったけど、どうしてそんなに私のことを想ってくれるの?元彼には余所に子どもまで作られて捨てられたような女なのよ?どうしてそこまで、私のことを良いって思うの!?」

 何に怒っているわけでもないのに、思わず語尾に力が入る。

 たった一夜を、肌を合わせて通り過ぎただけなのに。

 想いあって重ねたわけでもなかったのに。

 他の男を、想い縋って抱かれたのに。

 どうして、そこまで寛容になって私を欲しがってくれるの?

 何度も、心の中で繰り返すなかで気持ちが溢れ出てきた。

 「和人のそのやさしさに、本当に縋ってもいいの?」

 「今はそれでもいいから、少しずつ俺を見て」

 つぎの瞬間、結花は、自分を愛おしく見つめる瞳が視界から消えると、ほのかにムスクの香る逞しいスーツの胸元に再び抱きすくめられていた。

 「あの夜、結花だと分かっていて声をかけた。必死に、アイツに傷付けられたのに耐えて、飲めない酒を無理して飲んでいるのを見ていたら…。そんなお前を守ってやりたいと思ったし、俺の手で幸せにしてやりたいと思った。だから、あの夜お前を抱いた」

 触れるだけの優しいキスを、結花は唇で受け止めた。様子を伺うように、躊躇いがちに触れてくる。凌駕とは時間をかけて育んだ穏やかな愛情だったけれど、結花は、それとは違う和人の言葉に強い愛情を感じて、戸惑いの中にも喜びを感じ始めている自分の気持ちに気づいていた。

  
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