恋人ごっこ幸福論
「お疲れ様です」
「どーも」
傍まで来てアラームを止める彼に声をかけると、そのままタオルを取って隣に座るまでもいつもの流れ。
ただずっと眺めているだけの私を彼が不思議そうに見ることもとうになくなっていた。
「試合の日程決まったから張り切ってますね」
「まあ気になるとこ重点的にやってるから」
「さすがですね」
「普通だよ」
褒めても真顔でそう返す相変わらずの橘先輩にふふふと笑いかけると、特に表情を変えることなくそのまま聞いてくる。
「…なんか妙ににやけてんな」
「橘先輩が出る試合楽しみなんだもん」
「…俺は楽しみだけじゃねえけどな」
「え、違うんですか」
はあ、と息をつく橘先輩が少し憂鬱そうにするのが不思議で思わず首を傾げる。てっきり嬉しいんだろうと思ってたのに。
「勿論出れるのは嬉しいし、楽しみなのもあるけど。その分プレッシャーもあんだよ」
「プレッシャー…そっか、確かにバスケって他のスポーツより試合に出れる人数少ないからスタメン入りの責任大きそうですね」
「まあうちは強豪でもないしそこまで力入れてるやつも多くないからプレッシャー感じるだけ損といえばそうなんだけど。…それでも、やっぱり選んでもらったからには万全の状態で臨んで成果出さなきゃいけないから。3年の先輩らは最後だし、そんな大事な場面で使える奴だって思って貰えてるなら尚更」
そうはっきり言う橘先輩の声は落ち着いているけれど、強い思いがしっかり込められているように聞こえる。
真面目で、いつも誰よりも一生懸命なのは観ているうちに分かってた。
でもその思いが一体どれほどのものなのかは彼自身の口から一度も聞いたことなかった。
だから、彼がバスケに向けている想い、次の試合に向けている想いをこうやって直接聞かせてもらえるのが嬉しかった。
少しだけかもしれないけれど、心許してくれているのかなって思える気がするから。