綾取る僕ら
天気は曇り。
丁度いい。

「綾香にはもう手は出さないでください」

俺が言う。

「うん」

仁さんは小さく答えた。
でも仁さんを抑えておくことなんて何の意味もない。

「昨日、お前たちも何かあった?」

仁さんがニヤッと笑う。

「え、いや、べつに」

そう言いながら、何度も何度も反芻させた夜の出来事をまた思い出す。

「一般10キロ、スタート1分前」というアナウンスが鳴り響いた。
全体的に少しだけ前進する。
ただの趣味の範囲で参加してるし、タイムを競ってるわけでもないから気楽だ。

昨日は、穂乃果から「今から部屋に戻るよ」連絡が来て俺はいそいそと部屋を出て行った。

今日は朝食会場であった時も、マラソン会場に着いてからも全然目も合わない。
ああ。
マイナス思考が働く。

昨日、やり過ぎたような気もする。
本当は嫌だったんじゃないか。
あれで前進したと思ってるのは俺だけなんだろうか。

「30秒前」

また周りがモゾモゾと動く。
仁さんがため息をついたけど、その心は分からない。

10秒前からマラソン選手も一緒になってカウントダウンし始めた。
かなり盛り上げようという気合いを感じる。

パンッとピストルの音が鳴ったけど、なかなかまだ走り出せそうにない。

砂時計の砂になったような気持ちで、走り出すその時を待った。
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