幽霊でも君を愛する
眼鏡かけなくても分かる、『彼女』が私に柔らかいタオルを押し付けている事くらい。そして彼女の片手には、私の『命綱』でもある眼鏡が握られていた。
私は彼女から差し出されたタオルを顔面に押し当て、彼女から眼鏡を受け取ると、ようやく彼女の顔をしっかり目視できるようになる。

「おはよう、牡丹(ぼたん)。」

「おはよう、三楼。」

今すぐ彼女に触れたい気持ちは山々なのだが、次の講義は絶対落とせない。己の欲望を噛み殺しながら、私は一目散に歯を磨いた。
ほんの1分足らずで歯磨きを強制終了させて、次はボサボサになった髪を結ぶ。
そしてそのままベッドの脇に備えてあったリュックを担ぐと、玄関へと直行。焦った手でドアノブを探りながら、玄関で見送ってくれる彼女に手を振る。

「いってきます。」

「いってらっしゃい、気をつけてね。」

彼女は焦る私を見ながら、苦笑いで見届けていた。そして家の鍵を閉め、そのまま階段・・・と思ったけど、こんな時に限って戸締りが気になってしまうところも、私の悪い癖だ。
一旦戻って確かめたが、やっぱり鍵はしっかりと閉まっていた。部屋にいる牡丹を驚かせてしまったかもしれないけど、いつもの事だから、勘弁してほしい。
そしてそのまま階段を駆け降りながら、ポッケに入れてある自転車の鍵を掴んだ。エレベーターもあるけど、生憎誰かが使っている。
何度も滑り落ちそうになりながらも、無事に一階まで到着した私は、いつもの場所に立てかけてある自転車に鍵を差し込む。
直後にストッパーを乱暴に足で蹴り上げ、そのままサドルに飛び乗り、家を出発。この時点で現在時刻は、8時になるかならないか。
まだ学生が通学している時間帯ではあるから、細心の注意を払いながら、川を流れる落ち葉を横目に大学を目指す。
季節はもう5月。ゴールデンウィークを過ぎた学生達の顔は、予想通りどんよりしている。連休が過ぎた翌日になると、「学校行きたくない」とか「仕事行きたくない」と呟く人々で溢れている気がする。
重い足を懸命に前へ動かす学生達を心の中で応援しながら、なるべく安全運転を心がける私。事故なんて起きたら講義を受ける以前の大問題になる。
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